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週刊こぐま通信
「室長のコラム」

「遊び」から「学び」へ

第784号 2021年10月1日(金)
こぐま会代表  久野 泰可

 幼児期の基礎教育の内容をどうすべきかの議論には、必ず「遊びを通して・・・」という文言がつきものです。今年7月から始まった「幼児教育と小学校教育の架け橋特別委員会」 での議論を見ても、幼児教育の内容を「遊びを通じ総合的に学ぶ」という視点で考えようとしていることがわかります。つまり、幼児期の教育にとって「遊び」をどう取り入れて、将来の学習につなげるかという視点が重視されています。逆に、「遊び」の文言を入れることによって、小学校以降の学習と区別しようとする意図も感じられます。

確かに、子どもは生活や遊びを通して物事の特性を知り、関係性を学び、将来の学力の基礎を作っていきます。これは、意図するかしないかに関係なく、子ども自身は必要に応じて行っているのです。遊びと学習を分けて議論するのではなく、遊びそのものが学びであることは、乳幼児の1日を観察すれば誰もが納得するはずです。遊びが学びであり、学びが遊びであるわけです。特に言葉を獲得する1歳半から2歳前後の子どもの動きを見ると、朝起きてから夜寝るまですべてが「学習」といっても過言ではありません。

日本の幼児教育の特徴を言い表すのに「遊び保育」という言葉がよく使われます。遊びを通して学びを深めるということで・・・これに異論をはさむ人はいません。海外から日本に見学に来る人たちにも遊び保育は魅力的に映るようですが、この日本の遊び保育は評価される反面、これでは教育によって子どもの能力を引き上げるという観点が抜けてしまうという意見もよく聞かれます。私は海外の講演に行って教育関係者にお会いした際に、必ず「日本の幼児教育をどう思われますか?」と質問します。すると、どの国の教育関係者も異口同音に「子どもにとって楽しく素晴らしいと思うけど、わたしたちの国では教育によって将来の人材を育てるので、そんなのんびりした教育はできない」とはっきり答えます。もしかしたらその際の「教育」とは、教師が子どもに何かを教える・・・という場面がイメージされているのかもしれません。

以前のコラム(第707号)にも書きましたが、韓国の幼稚園の先生方20名ほどが、私の授業を見学された後のセミナーでの出来事です。ある先生が「子どもの能力を引き出す素晴らしい授業でしたが、韓国では物事を教え込むことが教育だと指導されてきたので、カリキュラムをいただいても子どもの力を引き出す久野先生のような授業はできません」とはっきり仰っていました。つまり教員養成課程で、教師は何も理解できていない子どもたちに物事を教え込む役割を担わなければならない・・・と指導されてきたので、同じような指導はできませんということだったと思います。

特に幼児教育に熱心な、韓国・中国・ベトナム・シンガポールなどの国では、子どもが生まれた瞬間からどのような教育を受けさせるべきかを考え、子どもにできうる限りの投資をして将来に備えています。その結果がどうでしょう。教育格差による政権批判につながらないように、中国では最近民間の学習塾が禁止されました。特に英語教育に対する締め付けが厳しいようです。同じようなことは、シンガポールに講演に行った際にも現地の方から聞きました。幼児期から過熱気味の幼児教育を、政府の方で規制しようと考えているようです。生まれた瞬間から詰め込みの教育をすることに、子どもの将来を心配する心ある人たちは反対し、政府も教育にお金がかかりすぎる現状を変えなくてはいけないと考え、その対策に乗り出すということのようです。

今回文部科学省が設立した「幼児教育と小学校教育の架け橋特別委員会」でも、モデル授業としてカリキュラムが策定されるはずですが、おそらく「遊び」を重視したカリキュラムになるはずです。それは好ましいことですが、それを実践する保育士や教師が、本当に「五感を通じた体験や遊びを重視」した教育の意味を分かって子どもたちに接することができるかどうかを考えると、やはり最後は知識の教え込みになってしまうのではないかと懸念されます。つまり、遊びの中身が将来のどんな学習につながっていくのかも明確でないまま、楽しく遊べばそれでよしと考えたり、逆に遊びを細分化し、それに関連した「知識」を教え込む結果になってしまうのでないかと心配です。

遊びをどう学習につなげていくかを考える際、次の視点が大事だと思います。
  1. 遊びそのものが楽しく、それが将来の学びにつながる
  2. 遊びで経験したことが次の遊び(活動)の土台になるような取り組みを考える
  3. 遊びの経験を学習の動機づけとして位置付け、体を使った活動を将来の学習の土台として重視する
私がこれまで見てきたカリキュラムの中で、遊びの効用をしっかりと位置付けた内容は少ないように思います。何が欠けているかというと、将来の目標が明確になっていないということです。楽しく物事に働きかけ集中して取り組む遊びから、どのような学びにつなげていくかの道筋が明確でないため、遊びっぱなしになってしまうことが少なくありません。逆に、遊びにおける体験を「この活動は数概念の形成に役立つ」「この活動は言語能力を高めるために役立つ」・・・というように、一つの遊び(活動)を捉えるのに、あまりにも細かく分析的になってしまうと、子どもの発達に合わない内容を盛り込むことになり、小学校の内容を前倒しで行う結果になってしまいます。遊びの中に将来の学びの要素がたくさん詰まっているといっても、そこから取り出す学びには系統性がなければなりません。こぐま会で実践している「事物教育」は、遊びの経験を学習の動機づけとして位置づけ、3段階学習法の中でも最初の「体を使った活動」として重視しています。

年齢によっても遊びと学習の関係は変わってくるはずです。2~3歳前後の子どもたちは、まず遊びそのものが楽しいという経験を深めることが大事です。楽しくなければすぐに止めますから、集中して取り組んでいる限り遊びは続きます。その集中時間こそが大事なのです。その中で物事の関係性を発見し、それが学びの基礎になっていくのです。また、4~5歳の子どもたちには、意図的な教育課題を掲げながら、それを実践するために日ごろの遊びを再現したり、思い起こさせながら、教師からの働きかけによって経験の質を深め、子どもの能力を引き上げることができるはずです。一つの遊びにいろいろな意味づけをしないで、一つの目標に向かって、徹底して物事への働きかけを重視することが大事です。遊びには、モノとの関係付けだけでなく、人との関係付けも生まれます。だからこそ、友だちと遊ぶ経験が貴重なのです。

これから始まる日本の幼児教育改革に「遊び」をどう位置付けていくかは、長い間遊び保育を実践してきた日本の進むべき道です。単なる掛け声に終わらないで、「遊び」と「学習」の関係を、実践を通じて明らかにしていかなければなりません。

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「皆さまからいただいた ご質問にお答えします」
2021年10月23日(土) 10:00~11:15 配信!(無料)
【講演内容】
今年の5月より3回にわたり、オンライン講演会を開催してまいりましたが、時間の都合上、視聴者の皆さまからの多くのご質問に回答できておりませんでした。
本講演会では、これまでのご質問をテーマ毎に分類し、一挙にお答えいたします。
お子さまの教育に関する様々なご質問にお答えすることで、久野が一貫して主張してまいりました「事物教育・対話教育の大切さ」や「正しい受験対策」についても、より分かりやすくお伝えできると思います。

※ご視聴にはお申し込みが必要です
※後日録画配信はありません
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