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週刊こぐま通信
「室長のコラム」

「幼保小の架け橋プログラム」に期待すること

第783号 2021年9月24日(金)
こぐま会代表  久野 泰可

 「すべての5歳児に生活・学習の基盤を保障」を目指して、中央教育審議会「幼児教育と小学校教育の架け橋特別委員会」 が設立され、7月から議論が始まりました。「幼小一貫教育」については、私たちも長年にわたり主張してきたことですが、文部科学省もようやく重い腰を上げ、幼児期の教育改革に乗り出した形です。幼児教育の無償化を国に先駆けて実施した大阪市の吉村市長(当時)は、「無償化だけで幼児教育の質が深まるわけではない」「無償化したからこそ、教育の質を高める政策を実施しなければならない」と考え、2017年に「大阪市保育・幼児教育センター」 を設立し、職員研修の強化とカリキュラムの作成を中心に、現場の先生方と研究者の方々が定期的に交流する活動を継続してきています。こうした活動は大阪市だけでなく、多くの自治体で取り組んでいるはずです。このように、教育改革の動きは多くの場合、国の動きに先駆けて各自治体や民間で行っていることが多く、そうした動きを見ながら国主導で新しい政策を実行することが多いのが、これまでの国の教育行政の動きだったように思います。その意味で、新しい発想で国全体をひっぱるという動きになりにくいのが現状です。そのために、常に答申そのものが具体性を欠き、あいまいなものに終わってしまっています。委員会のメンバーを見ても、学者・研究者・自治体の首長などが多く、その中に、ごく少数ではありますが現場で実践している教育機関の園長などが参加しています。しかしどう見ても、このメンバーで理念は打ち出せても実際のカリキュラムが作れるとは思えません。第1回の議事録を見ても、「日本には参考になる実践例の蓄積がない」という意見も出されています。実際その通りだと思います。私が以前、新聞社の取材を受け「幼児期の基礎教育はどうあるべきですか」と尋ねられた時、逆に「文科省ではどのように考えているのでしょうかね」と質問したところ、「文科省では、幼児教育の中味を変えようと真剣に考えている人はいないと思います」という回答が返ってきました。それだけ日本の幼児教育行政は、「遊び保育」の現状を変えようと真剣に検討したことがなかったのではないかと思います。OECDの勧告に基づき、幼児教育の無償化をやって安心してしまうのが日本の現状です。教育の質を改革し、そこで働く保育者の待遇を改善し、教育環境を整えていくのが無償化の前にすべきことですが、そうした考えはなかったように思います。子どもの成長にとって一番大事な幼児教育に対する取り組みがなかったのが、これまでの日本の偽らざる現状です。そこを変えていこうという動きですから歓迎すべきですが、文科省主導の政策を中央教育審議会が承認するというような構図の会議では、新しい発想の改革ができるはずはありません。委員の中には、幼児教育については素人だとはっきり話している人がいるくらいですから、この先が思いやられます。それぞれの専門分野の研究成果を持ち寄っても、目指すべき「架け橋」は実現できないでしょう。「遊びが大事だ」「遊びを通して学ぶことが大事だ」「小学校でやっている教科を早く行う早教育はいけない」「教え込みの教育はいけない」・・・そんなことを議論している場合ではありません。「遊びが大事」というなら、どうして大事なのか、「遊びを通して学びにつなげる」という具体的な中身は何なのか、そうした議論が必要なのです。理論的な構築をしないで、具体的なカリキュラムを作ることはできません。遠山啓氏に象徴される、実践を通して作り上げた理論こそが必要なのに、専門分野の寄せ集めでは具体的な内容を作り上げることはできません。望むべきは、民間を含め、今どんな先駆的な実践がなされているかを調べてみるべきです。民間を見下し、除外するような発想では新しいものは何も生まれません。今後の議論を見守りたいと思いますが、今話題になっている「英語教育」「プログラミング」「非認知能力」などに焦点を当てた偏った内容にならないようにしていただきたいと思います。幼稚園の学校化を嫌ってきた文科省です。しかし、幼児期の基礎教育ではその中身として、数概念をどう身につけるか、図形感覚をどう育てるか、論理的思考力をどう育てるかということも大事な目標です。そうしたものを「早教育」としてくくってしまい、知育を毛嫌いする雰囲気にならないようにお願いしなければなりません。読み・書き・計算をさせる必要はありませんが、私たちが提唱する「教科前基礎教育」につながる中味はぜひ盛り込んでいただきたいと思います。
これから分科会などが設けられ、より具体的な議論がなされていくと思いますが、日々幼児と向き合い、悪戦苦闘している現場の先生方を委員に迎え入れ、数教育の専門家、言語教育の専門家、音楽・造形などの専門家をお呼びし、幼児期の基礎教育の中味を検討すべきだと思います。遠山氏が主張した「原数学」をはじめ、「原言語」「原音楽」・・・など「原教科」の中味がなんであるかを明らかにすべき時が来たと思います。その前提に、いま日本の小学校で何が問題になっているかを明らかにすべきです。「小1プロブレム」ですべてを片付けてしまわないように、学力問題がどうなっているかを明らかにし、それを共有したところから議論を進めるべきだと思います。

昨年コロナによる休校措置で話題になった「9月入学」の議論もどこかに行ってしまいましたが、そうした問題も含め、幼児教育と小学校教育の連続性について考え方を明確にしておかなければなりません。来年からモデル事業が始まり、翌年から全国に普及させていくようですが、実践の現場からの声を大事にした改革を期待しています。


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