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週刊こぐま通信
「室長のコラム」

文科省が5歳児に「教育プログラム」

第775号 2021年7月9日(金)
こぐま会代表  久野 泰可

 時代の要請に応えて繰り返し行われてきた日本の教育改革の中で一番遅れてきたのは、幼児教育の改革だったと思います。高等教育の改革につながる小学校以降の教育改革は繰り返し行われてきたのにもかかわらず、幼児教育の改革に手が付けられずにきたのは、そもそも教育の始まりを6歳の就学以降と考えていたからかもしれません。大学入試の改革に象徴される次世代の教育の在り方の議論を見ても、一番大事な幼児教育の在り方に対する議論はあまり活発ではありません。アメリカでの研究に基づき提唱されたジェームズ・ヘックマン氏の主張、つまり「5歳までの教育が人間の一生を左右するかもしれない」という考え方がOECDの保育政策になり、世界各国に幼児教育に最大限の投資をするように勧告しています。日本では幼児教育の無償化を実施しましたが、それだけで幼児教育の改革が進むはずはありません。いずれ日本でも、教育の質にかかわる幼児教育改革がなされるはずだとこのコラムでも書いてきましたが、ようやく動きが出てきたようです。

7月6日配信の読売新聞オンラインには、『学習態度・学力ばらつき「小1問題」解消、文科省が5歳児に「教育プログラム」』という記事が掲載されました。『小学校入学時の学習態度や学力の差をなくそうと、(中略)幼稚園や保育園、認定こども園で生活や学習の基盤となる力を養い、小学校入学後の学びにつなげる』という目的で、中央教育審議会で検討を始めるということのようです。そして『2022年度からモデル事業をスタートし、(中略)2023年度以降の全国普及を図る』そうです。OECDの勧告を受け文科省がやっと重い腰を上げたのだと思いますが、私は期待する半面、期待外れに終わるのではないかと危惧しています。その理由はいくつかあります。

  1. 幼稚園教育要領にみられるように、極めて抽象的な表現で大枠を示し、あとは現場に任せることになることが予想される。教科書のようなものが示されるのを期待したいが、具体性を欠いたこれまでのような答申になるのではないかと思われる
  2. 「小1プロブレム」の課題は相当以前から指摘されていたが、何の分析や対策も取ってこなかった経験から、今回も表面を繕った玉虫色の答申になる可能性が高い。絵本の読み聞かせやタブレット端末に触れる経験、そして「非認知能力」の育成など、今世の中で話題になっていることを総花的に取り上げている点を見ると、本当に幼児期の基礎教育を子どもの立場で考えたものにはならない可能性が高い。中央教育審議会のメンバーに誰が参加するかも問題だが、これまでの経験から、大学の教授や著名人が多い一方で、教科の専門家や現場で子どもに接している実践家がどのくらい参加するかが心配である。遠山啓氏が提言した「原教科」の内容を打ち立てるためには、言語教育の専門家、数教育の専門家などが参加すべきである
  3. 今回の教育プログラムの行きつく先の目標が、小学1年生で学習する「読み書き、言葉、数」であるとすると、基礎教育の中味として考えていることが「考える力の育成」ということよりも、昔から言われてきた「読み・書き・計算」の習得であるように思われる。そうすると5歳児教育の段階で、新たな問題が生じる可能性がある
  4. 「小1プロブレム」の問題だけでなく、小学校低学年で起こっている学力問題の分析がないまま共通教育プログラムが設定されていくと、適切な解決策にはならない。読み・書き・計算はしないとしてきた幼稚園側に「読み・書き・計算の基礎を身につけるように」と指示すると、教え込みが始まる結果になることは予想できる。小学校への連携を意識した教育は必要だが、読み・書き・計算をさせるのではなく、その基礎は何かを明らかにすべきである。そうしないと、幼児期の基礎教育の内容について日本では実践の積み上げが少ないため、小学1年生の学習内容をただ易しく薄めて行うことが懸念される。これまで幼稚園・保育園の先生方とお話をしてきた中で、私は何度も読み・書き・計算の前に必要な学びについて主張したが、受け入れられなった

文科省が動き出すことは大歓迎ではありますが、過去の動きを見ていると、結局落ち着く先が、小学校低学年の内容を薄めて下ろす結果になるのではないかと大変危惧しています。

こぐま会が40年近く実践してきた幼児期の基礎教育の内容は「教科前基礎教育」「事物教育」「対話教育」の実践ですが、こうした国の動きに提供できる有効なメソッドの一つであると考えています。上から下ろす発想ではなく、子どもの発達・成長に合わせて下から積み上げていく発想で内容を考えていく必要があります。また、海外のメソッドを取り入れるのはいいとしても、日本独自の教育内容を確立し、それを海外に発信するくらいの覚悟で取り組んでいただきたいと思います。その核心は、伝統的な遊び保育を幼児期の基礎教育の中にどう取り込んでいくかということです。遊びから学びへの道筋をつけることで、主体的な学びができるようにすることが日本の幼児教育改革のあるべき姿だと思います。


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2. 学校選択と学校別学習対策の方法について
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