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週刊こぐま通信
「室長のコラム」

生活経験や遊びは学びの宝庫

第769号 2021年5月28日(金)
こぐま会代表  久野 泰可

 前回に引き続き、5月8日に行ったオンライン講演会においていただいたご質問にお答えしたいと思います。当日いただいた多くの質問の中から、今回は家庭学習に関するものを取り上げます。

  1. 対話教育を家庭で行うための実践法
  2. 子どもたちが得た知識を実践するための遊びの具体例
  3. 日常生活の中で取り入れる勉強とは

今回のセミナーの中で、日常生活や遊びの中から、子どもたちはいろいろなことを学んでいるというお話をさせていただきました。しかし、具体的に何をどう経験させれば良いのかわからないといった類のご質問はよく受けます。そもそも遊びと勉強を分けて考える方々にとって、遊びの中から学ぶということ自体がわかりにくいのかもしれません。日本のこれまでの幼児教育は、皆さまもご存じのように「遊び保育」が中心でした。学校のように知識を教え込むのではなく、遊びそのものが将来の学びにつながっているのだから、その遊びを豊富にさせることが大事だということだと思います。まったくその通りです。しかし一方で、その遊びの中で身につけた経験を将来の学習の基礎にするためには、意図的な働きかけが必要です。その意図的な働きかけこそ「教育」であり、その教育の力で子どもたちの能力を一段引き上げていかなければなりません。経験の積み重ねがそのまま内面化するのではなく、そこには大人の働きかけと子ども自身の試行錯誤が必要です。ある物事を理解させ、より深い理解に到達させるためには、意図的に子どもの前に壁(課題)を作ってあげなくてはなりません。その壁を乗り越えようと試行錯誤する中で、さまざまな能力が育っていくのです。立ちはだかる壁がない所で飛躍はありません。どんな壁を与え続けるか・・・それが教室授業ではカリキュラムとして工夫され、そこで子どもたちは思考訓練をしているのです。遊びのまま終わってしまったら遊びの経験が「考える力」の源泉になっていかないのです。ここが日本の幼児教育に一番欠けているところです。それはなぜでしょう。いずれ小学校に上がっていく子どもたちが、小学校でどんな学びをするかを幼児教育の現場にいる人間があまり知らないまま、幼児に接しているからです。私が教員養成課程に問題があると言っているのは、小学校以降の学習においてどんな問題が生じ、どんな経験をさせておけば良いのかを、幼児教育に携わる人間がほとんど知らない現状があるからです。幼小一貫教育の在り方が、これからいろいろ議論されると思います。幼児教育に携わる者は最低限、小学校低学年の学習内容は知っておかなければなりませんが、それができていないのです。

こうした現状であるからこそ、幼児期における家庭学習が重要になってくるのです。受験するから勉強しなくてはいけないということではなく、受験しようとしまいと、かけがえのない幼児期の一瞬一瞬を将来の学びの基礎づくりとして、大事にしなくてはなりません。幼児期の子どもが、いろいろな体験の積み重ねを通して学びを深めていくことを考えれば、机の前に座らせてペーパーを与えて学習することが最優先されるのではなく、事物に働きかける経験を豊かにしてあげることがまず必要です。家庭での学習の基本は、そう考えてやるべきです。では、何をどう行うべきか。それを考えるきっかけとして、子どもが日々の生活の中で物事をどのように解決しているか、また何に興味を持ち、どんな遊びに集中しているかを見てください。その中に、学びのチャンスがたくさんあることを周りの大人が発見してあげることが大事です。その時に必要なのは、どんな経験が「考える力」を育むことになるのかということですが、それを私は「幼児期に大切な10の思考法」という次の観点で提案しています。

  1. ものごとの特徴をつかむ
  2. いくつかのものごとを比較する
  3. ある観点に沿ってものごとを順序づける
  4. 全体と部分の関係を把握する
  5. 観点を変えてものごとを捉える
  6. ものごとを相対化して捉える
  7. 逆に考える
  8. あるものごとをひとまとまりとして捉える
  9. ものごとの法則性を発見する
  10. AとB、BとCの関係から、AとCの関係を推理する

この10の視点は、私が教室で子どもたちを指導している中で、問題を解決するために必要なものの見方を、机上の学習だけでなく生活や遊びまで広げ、「遊びを通して学びを育てる」「体験を通して考える力を育てる」ためにどんなことが必要かを考え、提案しているものです。日常生活の中で取り入れる勉強とは、このような感じで実践してもらうことが大切だと思います。また今回のご質問にもあるように、どんな遊びが有効かに関しては、拙著『子どもが賢くなる75の方法』(幻冬舎)の中で具体的に書きましたが、小学校入試で出される問題の多くが、子どもたちの遊びをテーマにしていることが多いのに驚きます。そこにこそ、幼児教育の方法が暗に示唆されているのです。
じゃんけん・しりとり遊び・すごろく遊び・ままごと遊び・買い物ごっこ・パズル・つみ木遊び・折り紙・トランプ遊び・オセロなどの経験を前提に入試問題が考えられていく、という手法がよく取られています。ですから、そうした子どもたちの遊びを豊富にしてあげることが大事です。遊びが単なる楽しい遊びに終わらない・・・ここに教育のチャンスがあるのです。また対話教育に関しては、まず「聞く」力をしっかり身につけ、その上に「話す」経験をたくさん作ってあげることが大事です。両親共働きで、食事も一緒に取ることができないような生活の中で、「聞いたり」「話したり」する時間すら十分とれないご家庭が多いと思いますが、そうであったとしても、可能な限り「話を聞いてあげること」だけは毎日欠かさず実行してください。絵本の読み聞かせも毎日行うのが良いと思います。欧米流の「絵本を読みながら会話する」こともできたら行ってみてください。

教室に来る子どもたちに、ある時こんな質問をしました。「お母さんとはどんな遊びをしますか」この質問に対し、子どもたちは小さな声で「お母さんは遊んでくれない」「お父さんは時々遊んでくれるけど、お母さんは忙しくて遊んでくれない」と答えます。これが現状だと思いますが、ぜひお願いしたいのは、30分でも構わないので面と向かって一緒に遊ぶ時間をぜひ作ってください。それはお子さまのためだけではなく、お母さま、お父さまにとっても「子どもを発見」するよい機会になるからです。先程述べた「10の思考法」がどんな場面で必要なのかも理解していただけるのではないかと思います。生活や遊びを共有することで、子どもたちに適切なアドバイスをすることができれば、それこそ生きた学習です。先日の講演会でもお伝えしましたが、お手伝いをたくさんやってもらってください。特に楽しい料理のお手伝いがよいと思います。できれば「家のお料理レシピ」を一緒に作ってみるなどしてみてください。プログラミング教育を行う前に、お料理を作る順序を考えさせる方がどれだけ楽しく効果的でしょう。日常の生活経験や遊びは、幼児期の子どもたちにとって学びの宝庫なのです。

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