ページ内を移動するためのリンクです
MENU
ここから本文です
週刊こぐま通信
「室長のコラム」

なぜ幼児教育に関心が集まるのか

第766号 2021年4月30日(金)
こぐま会代表  久野 泰可

 昔から幼児期の教育を早期教育や英才教育と位置づけ、いつの時代にも「早いことがいいことだ」といった風潮でさまざまな教育活動が行われてきました。とりわけ、世の中全体で話題になるいわゆる幼児教育ブームが沸き起こったのは、私自身の50年近い教師生活の中では2回ほどありました。第1次のブームは、1969年にソニー創業者の井深大氏が設立した「幼児開発協会」の活動でした。そして、1971年に出版された『幼稚園では遅すぎる』(サンマーク文庫, 1971)の中で「0歳からの教育」を訴えたことで、世の中に一大ブームが沸き起こりました。バイオリンをはじめ漢字教育など、さまざまなお稽古事や学習活動が話題になりました。今もそのメソッドは受け継がれていますが、その後長い間、意図的な幼児教育は受験のための教育とされ、特殊な教育として受け止められてきました。そして第2次幼児教育ブームは、まさしく現在の状況であり、「5歳までの教育が人間の一生を左右するかもしれない」「認知能力だけでなく、非認知能力も大事だ」と主張するジェームズ・ヘックマン氏の著書「幼児教育の経済学」(東洋経済新報社, 2015)が火付け役になって進行しています。グローバル化の流れの中で英語教育の低年齢化が進み、多くの保護者がその必要性を認識し、インターナショナル幼稚園が人気になっている現状はその一つの表れです。ヘックマン氏の考え方は、OECD(経済協力開発機構)の保育政策にも影響を与え、「OECD保育白書2017年版」には、各国はあらゆる子どもが自分の能力を最大限活かす機会を得られるように、質の高い早期幼児教育・保育を提供する取り組みを強化すべきだと述べ、世界の国々に、幼児期の教育に最大限投資すべきだと訴えています。日本もそうした動きの中で、幼児教育改革に着手しています。幼児教育の無償化もその一つですが、無償化したところで、教育の質が深まり、幼児にとって好ましい教育環境ができるわけではありません。職員の待遇改善や、教育環境の整備などやらなければならないことは山積みですが、それだけで幼児教育改革が進むわけではありません。国に先んじていち早く「無償化」を実行した大阪市では、大阪市保育幼児教育センターを開設し、カリキュラムの改善や、人材育成のための研修会を日常的に行っています。私も大阪市特別参与を拝命し、センターの活動に参加させていただいています。大阪府の吉村知事が市長であったとき、一度だけお会いした際にお話しされていたのは、「無償化しても教育がよくなるわけではない。無償化したからこそ、教育の質を高めなければならない」と保育・幼児教育センターの役割を明確に述べていました。この大阪市の例のように、国よりも地方の自治体の方が幼児教育に相当の力を入れ、新しい実践が模索されているように思います。国レベルにおいても「幼児期の終わりまでに育ってほしい10の姿」といった指針も出されていますが、余りにも抽象的で、現場の先生方も保育の内容をどうするか戸惑いも見られています。

今年の4月に入ってから講演会を行うことが多くなり、サピックスキッズ 森村学園幼稚園 での講演や、こぐま会 小学校合格フェアでのオンラインセミナーなどにおいて、幼児教育に関心が集まる背景をお伝えしてきました。私にとっての「第2次幼児教育ブーム」は、その火付け役であるヘックマン氏の提言だけでなく、幼児教育に関心が集まるもう一つの理由があるように思います。それは、大学入試改革に象徴される「AI社会で活躍できる人材育成のために、教育が変わらなければならない」という大きな流れがあるからです。AI社会の到来で無くなっていく職業もたくさんありますが、同時にAI技術を使って社会問題を解決していく起業家がたくさん生まれています。大学に在籍したまま起業する学生が増え、例えばシリコンバレーになぞらえて「本郷バレー」なるものが生まれているという報道もありました。そうした付加価値を創造できる人間を多く輩出するためには、これまでの知識偏重の教育が変わらなければならないという考え方が支配的になってきています。そのために、主体的な学びを求める「アクティブ・ラーニング」の重要性が叫ばれているのです。大学入試が変われば高校教育が変わり、高校が変われば中学が変わり・・・というように、上級学校の教育内容が変われば当然下の学校の教育が変わるはずです。そして、小学校での学びが変革されれば、当然幼児期の教育の在り方も変わるはずです。小学校の入試問題を見ると、その動きが次第に見え始めています。知識よりも考える力を求める問題が増え、同時に選択肢から選ぶ問題だけでなく、自分で書き表す問題が増えています。そうした問題の中には、解答が一つではなく、複数あるような視点を変えて物を見る見方が求められています。組み合わせを考える問題や、同じ広さの庭を自分で作る「個別単位」の問題などはその典型です。そうした問題の前で、多くの子どもたちが悪戦苦闘しています。

私たちがこぐま会設立当初から大事にしてきた事物教育対話教育によって、「視点を変えてものを見る」可逆的な思考があらゆる領域の問題に求められ始めています。その意味で「何を学ぶべきか」の抽象的な議論をする前に、学校側がどんな能力を求めているかを具体的な問題に即して知ることが大事です。こうした動きをとらえ、私は「小学校受験が幼児教育改革を主導する」と考えています。その証拠に、幼児期における基礎教育の素材である「ひとりでとっくん」100冊の問題集が、小学校受験の教科書になっているという現実があるのです。受験とは関係なく20年間かけて私が作り上げた問題集が、受験のための教科書になっているということは何を意味しているのでしょうか。教え込みの訓練学習ではなく、まともな幼児教育の結果として受験が位置付けられれば、ここから大きな変化が起こってくると信じています。残念ながら現状は教え込みのペーパー学習が主流ですが、大学入試改革で求められる学力観が一般に浸透していけば、必ず受験教育は変わるはずです。ものごとに働きかけ、自ら解答を導き出す、試行錯誤の教育が重視されれば、それは日本の幼児教育の大きな財産になっていくはずです。私はそうなることを強く望んでいます。

 こぐま会代表 久野泰可 オンライン講演会のご案内
「 幼児期に大切な10の思考法 」
2021年5月8日(土) 10:00~11:00 LIVE配信!(無料)
【講演内容】
1. 今なぜ幼児教育に関心が集まるのか
2. 幼児教育に新しい風を - こぐま会の実践 -
3. 生活や遊びを通して「考える力」を育てるために
※ご視聴にはお申し込みが必要です
※後日録画配信はありません

PAGE TOP