ページ内を移動するためのリンクです
MENU
ここから本文です
週刊こぐま通信
「室長のコラム」

華東師範大学での講演会

第554号 2016年11月11日(金)
こぐま会代表  久野 泰可

 5年ぶりに上海を訪れ、幼児教育関係者にお会いしたり、幼稚園を見学したりして中国の幼児教育の現状を視察してきました。最近中国の教育関係者から、私が開発した「KUNOメソッド」を導入したいというお申し出が多くあること、また、一人っ子政策を解除した中国の今後の動きを把握するために現地に赴きました。現地の方のレポートによると、2015年中国の新生児の数は1,655万人で、2016年の二人っ子政策で、2016年から毎年250万人の新生児が増えると推測されているようです。しかも、早期教育の支出は、中国家庭平均収入の23パーセントを占めており、食物に続いての第二の支出になっているということです。また、幼児教育に対する投資意欲が高くなり、中国の幼児教育産業が猛烈なスピードで成長しているということです。8月26日付の日本経済新聞電子版の記事「なぜ国を離れるのか 中国「投資移民」が急増」 から引用した次のテキストをお読みください。

・・・一般の中国人の間でも、大金を払って永住権を取得し、国籍を変え、なんとしてでも海外へ移住しようと考える人が少なくない。新天地の生活を夢見て、年間数十万人もの中国人が海外に渡る。・・・(中略)・・・。「すべては子供の教育のためです。詰め込みを強要する時代錯誤の中国の学校教育には正直あきれている。絶対に子供を中国の学校に通わせたくなかった。創造性を重視する米国なら子供によい教育環境を与えてあげられる。これは親の責任なんです」そう話す広東省出身の男性・・・

知識の詰め込み型の教育に不満を持つ若い世代が、子どもの教育のために海外に出るという現実に、今の中国が持つ教育問題の深刻さが現れています。

今回の訪問では、知り合いの大学関係者の要請で、上海にある「華東師範大学」で大学院生を相手に教育講演会を行いました。2時間の講演会には、大学の関係者も含め、大勢の院生が参加され、活発な意見交換も行われました。この大学の卒業生は、幼稚園をはじめとする教育現場で活躍し、師範大学としては、中国においては高い評価の大学のようで、著名な指導者を大勢輩出しているようです。これからの中国の教育改革を担う若い学生が熱心に学び、研究室だけでなく実践の現場でも相当厳しい研修を積んでいるようです。

私が講演会の中で示した「KUNOメソッド」に、大変興味関心を持たれたようでした。特に事物教育を中核とした「3段階学習法」に賛同され、中国もそうした教育法を取り入れるべきだという意見が多く見られました。「体を使った集団活動」「手を使った個別課題」「頭を使ったペーパーワーク」の3段階学習法は、現場指導から生まれたきわめて実践的な方法であるからこそ、新しい発想の教育法と映ったのかも知れません。私が理論的な根拠とする「ピアジェ」「モンテッソーリ」「ブルーナー」などに関しては、私以上に理解されている研究者の皆さまだと思いますが、日本の「遠山啓」氏に関しては何も知らず、彼が提唱した「原数学」「原教科」という考え方には、大変関心を持たれたようでした。講演会の後、たくさんの質問を受けましたが、その中でもある女子学生からの質問の内容は、我々が海外にメソッドを提供する場合に、一番難しく、悩む問題でもあります。

「KUNOメソッドを中国に導入する場合、教育の質の保証と、人材育成はどのように行うのですか?」

理論的な研修のみならず、実践的な研修は、教育現場で行うしか方法はありません。これまでは、私の実際の授業で研修を積むという方法や、48週分の授業記録のDVDを見て、授業の進め方や声のかけ方等を身につけてもらってきましたが、これからは、核となる指導者を1年間かけて育成し、その人たちが、現地で人材育成する方法や、オンラインを使った研修などを考えていることを話しました。メソッドの伝達のむずかしさをいつも身にしみて感じていますが、それを突いた女子学生の質問には、やはりこれから中国の指導者になっていく方々の感覚の鋭さなのかな・・・と感心したりもしました。

講演会の後、卒業生が運営しているという4つの幼稚園のうち一つの園を見学し、3歳児から5歳児の教育現場も見学してきました。遊び保育の中にも生活感覚を取り入れ、整備された教育環境の中で、2人の教師が30名近い子どもたちに適切な対応をしているように見えました。見学に先立ち、幼稚園の概要説明を受けましたが、園の紹介の最後に、卒業生がどのような小学校に入学していったのかという説明もありました。これについても、保護者にとっては最大の関心事であるのかなと感じました。夜は再び大学関係者にお会いし、これからの幼児教育の在り方について意見交換をしました。

日本のみならず、今どの国でも直面しているのは、幼児教育の大切さはわかっても、さて何をどのようにすればよいのかのといった具体的な内容と方法が何もないことです。その上、現実は「遊びの自由保育」と「知識を詰め込む早期教育」が両極端にあり、その中間がありません。だからこそ、子どもたちの成長に沿って積み上げをしていく「KUNOメソッド」に皆さまが関心を持ってくださるのでしょう。「教科前基礎教育」「事物教育」「対話教育」の3つを理念とした「KUNOメソッド」は、どの国の要請にも応え得る方法であることを確信した中国訪問でした。

明日、シンガポールから見える方も全く同じ認識で、KUNOメソッドを導入したいというお申し出があり、私の授業を見学される予定です。

PAGE TOP