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週刊こぐま通信
「代表のコラム」

架け橋期の教育を考える(2)
遠山啓氏が提唱した「原教科」とは

第950号 2026年8月5日(水)
こぐま会代表  久野 泰可
 私が幼児期の基礎教育としてあるべき姿を模索していた時、1冊の本に出合いました。それは「歩きはじめの算数」(遠山啓 編(1972)、国土社)という本です。数学者である遠山氏が八王子の養護学校で、知的に障害のある子どもに難しいとされる算数をどう教えたらよいのかを、現場の先生たちと協力して行った6年間の実践を総括して出された本でした。実践記録がほとんどなかった1972年当時、私が「幼児期の正しい知育」をどうすべきかと模索していた時に出会ったこの本が、それ以降続く50年にわたる私の実践活動を支えてくれました。その中で遠山氏は次のように述べています。
この本でとりあげられている内容は、未測量にせよ、分析・総合にせよ、空間表象にせよ、すべて従来の学校でやっていなかったものばかりである。
 しかし、わたしたちは、このようなものこそ小学校の算数教育の始まる前に十分身につけておいてほしいものだ、と考えている。それは、従来の教科教育、とくに算数教育が始まる前に、その準備として、このような学習が必要である、と考えたのである。そういう性格をもったものを私たちは「原数学」とよんでいる。
 したがって、ここで実践されているさまざまな内容や方法は、一般の幼児教育にも役立つのではないかと、ひそかに期待しているのである。(まえがき)

また、別の場所では次のようにも述べています。
......教育がしだいに下降していって、もっとも根源的なものに到達し、ここを出発点として、両び〔原文ママ〕上昇することができたら、これまで教育不可能とされてきた障害児も教科教育が可能となるだろう。
 そのためには、いうまでもないことだが、従来の教科に対する固定観念を打ち破って、根源的なものに深く下降していく必要がある。たとえばこれまでのべたいくつかの指導法は、従来の数学という教科では行われたことのないものばかりである。このような分野を私は「原数学」(Ur-Mathematik)とよぶことにしている。
 これを他教科にまで拡張すれば「原言語」「原音楽」「原造型」・・・ともいうべき分野が新しく開拓される必要があろう。そしてそれらを総称すれば「原教科」という分野が設定できよう。これは人間の精神活動の萌芽形態を探究するためのもっとも興味深い分野となるだろう。」(p.20)
この中で示された「原数学」「原教科」という考え方こそ、「架け橋期の教育」を考える際に必要なものです。つまり幼児期の学習課題は、読み・書き・計算に象徴されるように、小学校で学ぶ内容に早くから取り組むことではなく、教科学習の基礎を支える考え方を、生活や遊びを通して身につけるというものです。しかし遠山氏は、その具体的な内容を十分に示されないまま他界されてしまいました。私は、教科学習の前段階の基礎的な教育を「教科前基礎教育」と定義し、実践を重ねて「KUNOメソッド」という指導法を構築しました。そして、学習内容として次の6つの領域を設けました。
未測量量を土台に数の概念を学ぶ
位置表象空間認識能力を高める
四則演算の基礎を身につける
図形図形感覚(平面・立体)を育てる
言語聞く力・話す力を養う
生活 他身近な世界への関心を深める
6領域については、一つずつ実践を通して積み上げてきました。その中身は、小学校で学ぶ内容を易しくして下ろすという発想ではなく、教科学習を支える考え方を事物を使って学ぶというものです。

「未測量」では、量の学習を通して数概念の土台を作るだけでなく、相対化や系列化といった論理を学びます。「位置表象」では、図形学習の土台となる空間認識を学びます。「数」では、四則演算の基礎を学びますが、数字を使うことなく生活の中における数の体験を再現する中で数の概念を学びます。「言語」では、「聞く・話す・読む・書く」の国語科における4技能のうち、「聞く・話す」に力を入れた実践を行っています。「生活 他」では、理科的常識・社会的常識を扱い、小学校1年の生活科へのつなぎとしています。

数だからと言って、数字を使った計算をするわけではありませんし、言語だからと言って国語科の「読み・書き」をするわけではありません。小学校に入ってから学ぶ内容の基礎がなんであるかを考え、生活と遊びにテーマを求めて事物教育を実践するというのがKUNOメソッドの考え方です。文科省が進めている「架け橋期」の教育も、こうした考え方で設計されなくてはなりません。将来の教科学習の基礎がなんであるかの議論もないまま、ただ「遊びを通して・・・」では教科とのつながりが明確でないため、架け橋期のカリキュラムとしては不十分です。その点が、今公開されているパイロット園での実践ではあまり明確にされていません。子どもたちが学力を身につける道筋が実践的にわかっていないのだと思います。だからこそ、私が教育課題を明らかにするために行ってきた「誤答分析」がどうしても必要なのです。そこにこそ、幼児教育関係者と小学校の先生方が交流する意味があります。遠山啓氏が提案した「原教科」の考え方を、いまこそ架け橋期の教育に生かしていく必要があると思います。
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