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週刊こぐま通信
「代表のコラム」

架け橋期の教育を考える(3)
経験だけでは「考える力」は身につかない

第951号 2026年8月11日(火)
こぐま会代表  久野 泰可
 架け橋期の教育を考える際には、学びの内容をどうするかということだけでなく、どのように学ぶか、ということも大事です。いま公開されているパイロット園の実践は、遊びを通して学ぶという従来の伝統的な考え方をより徹底し、将来の学習の基礎としての活動をいろいろ工夫して幼児期に行うというものです。その限りで間違いはないのですが、教育である以上、その活動経験がどのようなプロセスで将来の教科学習につながっていくのかを明確にする必要があります。しかし、それが十分になされていないのが現状です。なぜか。それは最初に述べた「架け橋期」の教育の目的が明確になっていないからです。平たく言えば、幼児期の豊富な活動を経験すれば、その結果教科学習の土台が自然と作られる・・・と考えているのでしょう。しかし、実際子どもたちの「考える力」をどのように指導するかを日々考えてきた現場の我々にとっては、そんな単純な論理で「考える力」が身につくと考えることはできません。学力の土台となる豊かな経験は確かに必要ですが、その限りにおいては何も意図的に準備しなくても、普段の生活や遊びで子どもたちがいろいろ経験していることです。それを意図的な場所を作って集団で経験させるということは、その次の学びにつなげるという意図があってのことだと思います。しかしその道筋が明らかになっていないのです。

豊かな経験を学びの基礎として次につなげるとしたら、やはり系統的なカリキュラムが必要です。具体的な経験を抽象的な概念まで高めていくためには、それをつないでいく教育方法が大事です。KUNOメソッドが提唱している「事物教育」は、具体から抽象への橋渡しとして「トライアンドエラー」(試行錯誤)の時間を大切にし、相当時間をかけています。活動で経験したことをもう一度教室で再現し、それを踏まえて試行錯誤するという流れをカリキュラムとして作り上げています。この試行錯誤の時間を大事にするということは、事物教育を徹底し、ペーパー学習を先行させないということです。普段の生活の中で経験することや意図的に作り出された活動経験をどのように「考える力」教育につなげていくか・・・ここが架け橋期の教育の一番難しいところです。その意味で、豊富な経験をするだけでは簡単に「考える力」は身につかないということです。経験(具体)を概念(抽象)に定着させるために必要な「事物教育」こそ、架け橋期の教育方法として定着させていかなければなりません。

例えば「数」の教育をどうすべきか、ということについては、保護者の皆さまも一番関心を持たれているのではないかと思います。「読み・書き・計算」の計算に当たる部分が数の教育ですが、パイロット園での実践を見ると、さまざまな活動の中で将来の数の教育につながる経験をしています。しかし、その経験をどう学習課題につなげていくかの道筋が明らかになっていません。それは無理もないことで、架け橋期の教育内容を支える「幼児期の終わりまでに育ってほしい10の姿」の中で、数に関する課題は次のように表現されています。
数量や図形、標識や文字などへの関心・感覚

遊びや生活の中で、数量や図形、標識や文字などに親しむ体験を重ねたり、標識や文字の役割に気付いたりし、自らの必要感に基づきこれらを活用し、興味や関心、感覚を持つようになる。

保育所保育指針解説(厚生労働省・平成30年2月)
https://www.cfa.go.jp/assets/contents/node/basic_page/field_ref_resources/eb316dce-fa78-48b4-90cc-da85228387c2/f4758db1/20231013-policies-hoiku-shishin-h30-bunkatsu-1_24.pdf

「親しむ体験を重ねたり」「興味や関心、感覚を持つようになる」・・・これでは具体的なカリキュラム作りに際して何の参考にもなりません。親しんだり、興味関心を持つだけなら、確かにいろいろな経験を積ませればいいわけですが、教育の力によって子どもの学力を引き上げるとしたら、こうしたあいまいな表現では限界があります。 例えば数の教育について考えてみましょう。生活や遊びの中で、子どもたちは必要に応じて数の自己教育を行っています。課題を解決するためにさまざまな数の経験をするわけです。それを踏まえ、私たちは年中から年長の子どもたちの数の教育については、ただ経験を積むだけではなく、意図的に教科学習につながる学習を、次のようなカリキュラムで実践しています。
【step1】計数、同数発見、5の構成(数の基本)
【step2】一対一対応(ひき算の求差)
【step3】等分(わり算の等分除)
【step4】一対多対応(かけ算の考え方)
【step5】10の構成、交換(数の構成・置き換えの考え方)
【step6】数の増減、数のやりとり(たし算・ひき算の基礎)

これは、単なる「親しむ・関心を持つ」だけでなく、具体的な教科学習につなげるために系統性を重視したカリキュラムです。決して教え込みの学習をおこなうのではなく、数体験をイメージしながら、教科学習で必要な数の概念を身につけるためのカリキュラムです。

例えば、step2の「一対一対応」のカリキュラムを見てみましょう。
step2-3 数「一対一対応」
(1) どちらがいくつ多いか
  1. 対応に必然性があるものの比較

    ボトルとフタ、コップとストローなど、対応に必然性があるものを見て、
    「どちらがいくつ多いですか」
    「どちらがいくつ少ないですか」
    「同じ数にするにはどうしたらよいですか」
    「数の違いはいくつですか」
    などの質問に答える。その際、どのように調べたらよいかを考える。 
  2. 対応に必然性がないものの比較

    赤組と白組に分かれて、中央に置かれた箱に向かって玉入れをし、勝敗を調べる方法をみんなで考える。教師が箱から玉を取り出し、赤玉と白玉を1つずつくっつけて床に並べる様子を見たあと、a.と同じ質問に答える。
  3. 箱の中に入っている2色のおはじきを机の上に並べて数を比較し、a.と同じ質問に答える。
  4. ペーパーを使って、線結びの方法を身につける。
(2) ~より~個多い数・少ない数
  1. 机の上におはじきを5個出して、
    「それより2個少ない数はいくつですか」
    「それより2個多い数はいくつですか」
    などの質問に答える。
  2. 1から9までのものがかいてあるボード(絵)を見て、
    「カエルより2個多くあるものは何ですか」
    「ニンジンより1個少ないものは何ですか」
    などの質問に答える。
数を比較する際の基本となる、1に対して1を対応づける学習です。生活や遊びの中でもよく行われていることで、パイロット園の活動の中でもそうした経験が大事であることが明記されています。対応づけることは生活の中でたくさんあります。コップとストロー、鍋と蓋、ペットボトルとキャップ・・・あるいはまた、一人に一つずつ飴を配る、玉入れの勝ち負けを調べるために赤い球と白い球を同時に投げて勝ち負けを見る・・・そうした経験が、「どちらがいくつ多い」「どちらがいくつ少ない」「数の違いはいくつ」といった、小学校でのひき算の一つである「求差」の学習につながります。数字を使わなくても、数式を使わなくても、ひき算の考え方を学ぶことはできるわけです。これが今の1年生の教科書では、そうした1対1の事物操作をする代わりに、数字の世界で処理しようとするために、文章題になった時に式が立たないのです。私が、経験だけでは「考える力」が育たないと言ったのは、こうした事実をたくさん見てきたからです。玉入れの数を比較する経験を、ひき算の「求差」につなげるためには、そこにもう一つ事物操作の経験が必要なのです。経験を生かすためには、教科学習につなげる橋渡しが必要なのです。それが私たちが主張する、事物教育による「試行錯誤」なのです。
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