週刊こぐま通信
「代表のコラム」架け橋期の教育を考える(1)
第949号 2026年7月28日(火)
こぐま会代表 久野 泰可
こぐま会代表 久野 泰可
文部科学省「幼保小の架け橋プログラム」
「幼保小の架け橋プログラム」は、子供に関わる大人が立場を越えて連携し、架け橋期(義務教育開始前後の5歳児から小学校1年生の2年間)にふさわしい主体的・対話的で深い学びの実現を図り、一人一人の多様性に配慮した上で全ての子供に学びや生活の基盤を育むことを目指すものです。
https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/youchien/1258019_00002.htm
文部科学省の中央教育審議会に「幼児教育と小学校教育の架け橋特別委員会」が設立されて、はや5年がたちます。専門家による議論が重ねられ、各自治体のパイロット園では実践が行われ、その成果が各自治体から発表され始めています。また架け橋期の教育に関する著作物も多く見られます。全部見たわけではありませんが、各自治体が公表しているものも含めて感じるのは、「幼児期の終わりまでに育ってほしい10の姿」を基本とし、それに沿った実践活動が行われているということです。幼稚園での素晴らしい経験を小学校側でもぜひ取り入れてください、といった趣旨の報告が多いようですが、この点については、長い間実践の現場に身を置いてきた立場からすると少し違和感を覚えます。
そもそもなぜ「架け橋期の教育」に関心が集まるのでしょうか。幼小の連携など長い間考えてこなかった文科省が、なぜこの時期になって幼小接続を言い始めたのか、あまり明確ではありませんが、ジェームズ・ヘックマン氏の提言を教育政策の理論的バックボーンとした経済協力開発機構(OECD)が、先進国に向けて「幼児教育に最大投資することがその国の発展にとって不可欠である」と提言したことが影響しているのかもしれません。幼児教育の無償化が実行され、その流れで、幼児教育の質も高めていかなければならないと考えているからだろうと思います。また、今ではあまり話題になりませんが「小1プロブレム」やコロナ禍で検討された「就学年齢の1年引き下げ」の問題も絡んでいるのではないかと思います。
私が幼児教育の仕事にかかわり始めたのは1972年で、それ以来54年間幼児教室の教師として実践の場に身を置いてきたのは、まさしく今言われている幼小一貫教育のあり方を現場で考え、幼児期の正しい知育はどうあるべきかを追究したかったからにほかなりません。大学卒業当時、学校の勉強についていけない子が大勢でて、「落ちこぼれ」「落ちこぼし」として社会問題になっていました。大学時代教育問題にかかわっていた私は、この問題を解決しないと、日本の子どもたちの学力が崩壊してしまうと考えていました。そして、その解決には幼児期に正しい知育をすべきだと考え、大学の指導教官と渋谷に小さな実験教室を作ったのが、幼児教育にかかわるきっかけでもあったわけです。
その当時、幼児期と小学校教育のつながりがどうなっているのか調べたところ、何の連続性もなく、6歳4月の就学の時点では皆同じスタートラインだから、幼児期は体を鍛え、集団活動のルールを身につければそれでいいし、自分の名前が書けて数字が少し読めればそれでいい、知育など必要ないといわれてきました。幼稚園や保育園でも、卒園していく子どもたちが将来どんな学びをしていくのか、どこで躓くのかなど全く関心を持たずに小学校へ送り出していたのが現状でした。考えてみれば、でこぼこに発達している子どもたちが、同じスタートラインに立てるはずはなかったのです。その当時、幼稚園や保育園の関係者が集まるセミナーで、私が「正しい知育を幼児期からすべきだ」と力説しても誰も真剣に耳を傾けてくれませんでした。しかしどうでしょう、今や多くの幼児教育関係者から「KUNOメソッドを提供してほしい」という要請が私のところにたくさん寄せられています。日本のみならず、海外からも問い合わせがあることを考えると、幼児期の学習プログラムをどの国も欲していることがわかります。単なる理念ではなく、具体的なカリキュラム・教材を求めているのです。「考える力を育てる」ことが大事だといわれても、さて何をどうするのが「考える力」を育てることになるのか、その具体例が明確になっていないのが現状です。
私が、現在出されているパイロット園の報告に疑問を持つのは、理念先行型で一つの活動に対してあまりにも分析的になって、「これもできますね」「あれもできますね」といった感じで、一つの経験が将来の学びに強引につなげられて行ってしまっているように思うからです。これでは何を教育課題にしたらよいのか・・・現場の保育者がカリキュラムを作る時に何を課題にすべきが混乱してしまい、うまく活用できないのではないかと思います。
私も含め、日々現場で子どもたちに接している実践者が、こうした報告に違和感を持つのは、「なぜ幼小連携が必要なのか」といった目的が共有されていないことです。私は教師という立場上、「いま目の前にいる子どもたちが将来の教科学習を問題なく受けることができるのだろうか。どこで壁にぶつかってしまうのだろうか。その壁を乗り越えるために、幼児期にどんな学びを経験させたらいいのか・・・・」そんなことをいつも考えている関係で、小学校の学習内容や子どもたちがどこで躓くかを把握しておかなければならないと考え、小1から小6までの算数の内容に関しては、自分で実際に指導し子どもの学力問題を追及してきました。子どもの学力を分析するために取った方法は、「誤答分析」という手法でした。定期テストでなぜその問題ができなかったのかを分析するのです。そうした中から、幼児期にどんな経験や学びをしておけばよいのかを考えてきました。
「幼保小の架け橋プログラム」は、子供に関わる大人が立場を越えて連携し、架け橋期(義務教育開始前後の5歳児から小学校1年生の2年間)にふさわしい主体的・対話的で深い学びの実現を図り、一人一人の多様性に配慮した上で全ての子供に学びや生活の基盤を育むことを目指すものです。
https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/youchien/1258019_00002.htm
こうした手法を用い、小学校で起こる学力問題をしっかりおさえ、幼児期にどんな活動をすればよいのかを考えてカリキュラムを作成すべきなのに、そうした手法がパイロット園の実践にどこまで取り入れられているのか、はなはだ疑問です。最近、私が教育内容を考えるうえで参考にしている2冊の本は、まさしく私が過去に行った誤答分析と同じ方法で教育課題を提案しています。 新井紀子氏 『AI vs. 教科書が読めない子どもたち』(東洋経済新報社, 2018)
今井むつみ氏 『算数文章題が解けない子どもたち』(岩波書店, 2022) 私は架け橋期の教育を考えるためには、幼児期の遊びや活動の中に、将来の学びの基礎があるということを実践的に明らかにするだけでなく、小学校の学習を支える基礎を幼児期にしっかり身につけるという発想が必要だと考えています。そのためには、小学校の先生方が、幼児期にしておいてほしい経験や学習の内容を具体的に明らかにすべきです。そうした発想での実践が見当たらないのが残念でたまりません。小学校側から提示できないのは、幼児がどこまで深い学びができるのか、おそらくその実践例がないからなのでしょう。こうしたことに答えるために、私が最近幼稚園で行っている教育講演会では、具体的な学習内容と教育方法についてお話しさせていただいています。私が長い時間をかけて作り上げてきたカリキュラムと教育方法を多くの皆さまに知っていただくのが、これからの私の活動だと考えています。次回からこのコラムで、架け橋期の教育のあるべき姿を提案していきたいと思います。
