週刊こぐま通信
「代表のコラム」これからは幼児教育の時代
第934号 2025年9月2日(火)
こぐま会代表 久野 泰可
こぐま会代表 久野 泰可

- ジェームズ・ヘックマン氏が著した『幼児教育の経済学』の中で主張された、「幼児期の教育に国家予算の多くを投資すべきだ」という考え方を根拠にしたOECDの勧告に先進国が応え、世界中で幼児教育に関心が集まっている。
- 日本でも遅ればせながらその勧告に応え、中央教育審議会の中に、「幼児教育と小学校教育の架け橋特別委員会」ができ、年長児と小学校一年生をどうつなげていくかの議論が始まり、パイロット幼稚園での実践も始まっている
- 英語教育の早期化の影響で、幼児教育の大事さが再認識され始めている
- 少子化に伴う生徒集めに、幼稚園・保育園が苦慮している。他園と差別化するために、幼児期の知育に多くの園が関心を持ち始めた
- 少子化の流れの中で、中学校受験や高校受験を担ってきた塾が、早いうちから生徒を集める手段として幼児教育まで手を伸ばし始めてきた
- OECDの勧告によって、先進国の多くが幼児期の教育に投資を続けています。それは、幼児教育の無償化という親の経済負担を軽くするだけでなく、教育環境の整備や教育内容の改善、また、そこで働く人たちの待遇改善なども行い、いい人材を集めようと苦労しています。先進国の中でも遅れてようやく日本も重い腰を上げ、幼児教育の無償化は実現しましたが、教育環境の整備や、働く人の待遇改善、カリキュラムの改革などは思うように進んでいないように思います。選挙でも争点になることが多いのですが、教育を受ける側の支援だけでなく、教育を担う側の改革も進めていかないと、幼児教育の改革にはつながっていきません。特に教育内容や教育方法の改善に力を入れていかないといけません。
- 架け橋委員会の活動には大いに期待しています。私がこの幼児教育の世界に飛び込んだ一つの理由は、1972年当時、日本では小学校に入ってからの「落ちこぼれ・落ちこぼし」といった学力差が社会問題となっていました。本来ならそれは学校教育の中で解決していかなくてはならないのに、家庭の責任にされてしまい、その後小1プロブレムといった問題につながっていきました。私が幼児教室を始めて10年ぐらいたったころ、幼稚園の園長・理事長たちの集まる集会で、幼稚園において「正しい知育をすべきだ」と訴えても、知育は小学校に入ってからの課題でいい、幼稚園は知育をすべきではないという考え方が一般的で、私の主張に反対する関係者が多くみられました。しかしどうでしょう。それから40年もたちましたが、やっと園でしっかりとした知育をしなければならないという考え方が一般的になり、私たちのところにもカリキュラムを提供してもらえないかという相談が増えています。時代が変わったとはいえ、なぜ40年前に知育を否定したのでしょうか。それは小学校側にも責任があるのです。「6歳の就学時はみな同じスタートラインです。幼児期は体を鍛え、集団生活になれるようにしてください。特別な知育は必要ありません」という考え方で、子どもたちを迎え入れていました。しかし、6歳の就学時が同じスタートラインであるはずはありません。育った環境によって、みんなでこぼこな発達をしています。だったら、小学校に入ってからの教科学習の前に、少なくとも同じスタートラインに立てるような経験・学習をすべきです。私が、幼児教育の内容を「教科前基礎教育」とうたっているのはそのためです。遅れはしましたが、架け橋委員会の発想が、私が40年前に訴えたことと同じであるということに期待を寄せています。
- 私が大学を卒業するころ、『幼稚園では遅すぎる』を著した井深大氏の提唱で「幼児開発協会」が設立され、その掛け声に答える形で、幼児向けのおけいこ事が盛んにおこなわれることになり、一大幼児教育ブームが沸き起こりました。
バイオリン・スイミング・ピアノ・バレー・漢字教育・英語教育・などが盛んにおこなわれ、小学校受験の教育も始まりました。私が経験した初めての幼児教育ブームでしたが、その後ブームは収まり、その後、いくつかのおけいこ事は継続して現在に至っています。3歳までの教育が将来の礎になっていくという井深氏の提言はヘックマン氏の主張よりも早く、その意味で井深氏には先見の明があったということです。現在、早期に英語教育をすべきだという認識が広まり、私の経験からは、第2次幼児教育ブームが始まっているように思えます。 - 幼稚園・保育園関係者にとって、少子化の波は園の経営に深刻な影響を与え、園の存立のために、生徒をどのように集めるかが深刻な課題です。そのためいろいろな施策を考え、特に働く母親に寄り添ったサービスがいろいろと提供されています。一方で、幼児期における教育への関心が高く、読み・書き・計算に象徴される学び事への要求も強くなってきています。その結果、読み書きを取り入れたり、計算させることに力を入れたり、英語教育に特化したり・・・といわゆる知育に相当力を入れ、それを売りにして生徒集めをしようと考えている園が多いように思います。しかし、形ばかりの教育がはびこる世界はとても恐ろしく感じますし、幼児期の基礎教育は、小学校の内容を易しく下ろして行うことではないということを理解してください。幼児期にすべきことは、「読み・書き・計算」ではなく、考える力の育成と学びの主体性を育てることだと思います。
- 民間の塾業界は、少子化の影響で業界再編が進行しています。中小の塾が大手塾の傘下に入り、飲み込まれ、いくつかの大手塾によるグループ化が進んでいくと思います。その中で、これまで小学生や中学生を対象としていた塾がより下の年齢にまで手を伸ばし、幼児期から中学校受験に向けて生徒を集める動きも見え始めています。上に向かって生徒を集められない塾は必ず下の年齢に手を伸ばすでしょう。しかし、そこで行われる教育は、小学校の内容を易しく下ろして早期に行うことを売りにすることは目に見えています。果たしてそれでいいのでしょうか。小学校の学習を薄めて早くやることがいいのかどうか、これは、いま幼児教育を中心に子どもたちの考える力を高めようと悪戦苦闘している幼児教育関係者にとって、深刻な課題です。早期に小学校の内容を学ぶことが幼児教育だと考えられ、タイパ・コスパの時代に蔓延していくことを考えると、本物の幼児教育の在り方を示し、そうした間違った動きに対抗していかなくてはならないと考えています。
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