子どもはどうやって思考過程を言語化できるか
第931号 2025年7月1日(火)
こぐま会代表 久野 泰可
6月19日から22日まで、シンガポールから5名の教育関係者が来日されました。こぐま会のプレ年少クラスから年長クラスまでの4学年にわたって授業を参観され、それを踏まえて意見交換をしました。学力世界一の国(OECDが実施する学力到達度調査PISAの2022年度のランキングで1位)であるシンガポールの幼児教育関係者の皆さまに、こぐま会の教育がどう映ったのか。何が評価され、何が課題なのか。今後オンラインでの定例会で明らかになっていくと思いますし、それぞれの立場から見た感想を送っていただけるよう要請しましたので、それが届きましたらこのコラムで紹介したいと思います。最終日のディスカッションの場で、シンガポールの幼稚園のカリキュラム作成担当者から「こぐま会の教育内容はシンガポールと比べるととてもレベルが高いし、思考力を育てるカリキュラムとしては素晴らしいカリキュラムである」という評価をいただきました。
今回私が担当した年長クラスの授業内容は以下の通りですが、入試を控えている時期ですので、これまでの基礎段階の学習を踏まえ、応用課題であるやや難しい「魔法の箱」と「交換」の課題に取り組みました。
- 1. 動物村のパン屋さん
-
パン屋さんがあり、それぞれが違うパンを作っている。約束通りに交換できる。
【交換の約束】
メロンパン1個=ドーナツ2個と交換してくれる(逆もあり)
食パン一斤=メロンパン2個と交換してくれる(逆もあり)
ハンバーガー1個=メロンパン1個+ドーナツ1個と交換してくれる
問題例1:メロンパン2個は食パンいくつと交換できるか
問題例2:食パン2斤はドーナツいくつと交換できるか
問題例3:ハンバーガー4個は食パンいくつと交換できるか
等の質問に答える
- 2. 魔法の箱
-
- a.
- 箱を通るといくつになって出てくるか考える
数が増えるパターン 同じ数だけ増える・倍になる
数が減るパターン 同じ数だけ減る・半分になる
- b.
- 箱から出てきた数を見て、最初に入れた数はいくつか考える(逆思考)
- c.
- あらかじめ決められた約束を踏まえ、空欄におはじきを置く
- d.
- 入れた数と出てきた数を見て、どんなトンネルを通過したかを選ぶ
- 3. ペーパートレーニング
-
- ①
- 魔法の箱
- ②
- 交換
- ③
- しりとり
- ④
- 数のやりとり
- ⑤
- 時間的系列の論理
詰め込み教育が横行するシンガポールの教育の在り方に疑問をお持ちの先生方が興味を持たれているのが、KUNOメソッドの事物教育と対話教育の方法です。今回の授業でも具体物教材やカード教材を使った内容が多かったため、非常に関心をもって見学されていました。特に対話教育の方法について、事前にいくつかの質問を受けていましたので、子どもたちが自ら考え、発言する場面を多くみていただきまきました。これまでの授業経験から、「交換」の問題が子どもの思考過程を言語化する様子が一番よくわかると考え、そこに時間をかけてみました。「動物村のパン屋さん」というタイトルで、子どもたちに楽しく取り組んでもらえるよう、こんな場面を設定しました。
動物村のパン屋さんでは、パンを約束に従って交換できるという設定で行いました。
- [約束1]
- メロンパン1個はドーナツ2個と換えてもらえる
- [約束2]
- 食パン1斤はメロンパン2個と換えてもらえる
- [約束3]
- ハンバーガー1個はメロンパン1個とドーナツ1個と換えてもらえる
この約束を踏まえて、3つの質問を用意しました
- 1
- メロンパン4個は食パン何斤と換えてもらえるか
- 2
- 食パン2斤はドーナツ何個と換えてもらえるか
- 3
- ハンバーガー4個は食パン何斤と換えてもらえるか
1 はわり算の包含除につながる課題で、2は置き換えを伴うかけ算の考え方が求められます。最後の3が一番難しい課題ですが、子どもたちにはパンのシールを貼ったおはじきを渡し、これを使って考えてみてくださいと投げかけました。
最初の2問はほとんどの子が正解でした。2問目は食パン2斤をメロンパン4個に換え、それをドーナツに換えるという置き換えの発想が必要になり、やや難しかった様ですが、以前一度置き換えの練習はしていますので、ここまではよくできました。3問目のハンバーガー4個を食パンに換える問題は予想通り難しく、答えは2と3と4に分かれました。その中でも4と答える子が多かったので、その理由を前に出て説明してもらいました。Aちゃんは次のように説明しました。
「ハンバーガー4個はメロンパン4個とドーナツ4個でしょ。メロンパン4個は食パン2斤に換えられるでしょ。ドーナツ4個は2個に換えられるので、全部で4個」
ドーナツ4個を2個に換えたものはメロンパンであるのに、換えられた安心からか、それを食パンと間違えてしまうのでしょう。だからメロンパンと換えた食パン2斤とドーナツと換えたメロンパン2個を合わせて合計4斤となってしまうのです。間違いが一番多かったのはこの4斤という答えでした。その中で、3斤と答えた子が2~3人いたので、この子たちにも前に出てもらい、なぜ3斤になるのか説明してもらいました。B君が答えた動画をここに紹介しますので、ご覧ください。
「ハンバーガー4個はメロパン4個とドーナツ4個でしょ。そのうちまずメロンパン4個を食パン2斤に換える。残ったドーナツ4個をまずメロンパン2個に換え、それをもう一度食パン1斤に換える。だから答えは3斤。」とカードを操作しながら説明してくれました。5歳児にこの問題は難しすぎるという方も大勢います。しかし、動画を見ていただいた通り、ちゃんと説明できるのです。手を動かし、カードを操作しながら考えて、思考のプロセスを言語化するのは幼児でも可能です。これを最初からペーパー問題としてしまうと、おそらく解決は難しいと思います。しかし、手を動かし交換する作業を自分でしながら説明することは十分可能です。私たち教師が答えの出し方を教え込むのではなく、試行錯誤しながら自分で解いてみる経験を大事にしてきているのは、そうでないと本当に身についた学力にならないと確信しているからです。2と答えた子も4と答えた子も、一生懸命考えた結果の誤答です。なぜ間違えたのかを子ども自身に確認させないで「はい、間違えた子は家でお母さんとやってきてね、今度聞くからね」・・・こんな教育で幼児の考える力が育つはずはありません。しかし、今の受験教育の多くが、そうしたプロセスを大事にしないで、答えがあっているかどうかを見て、次に進んでしまうのです。主体的な学びになっていないからこそ、今の低学年の算数の学力が落ちているのです。
今回のハンバーガーの問題は確かに難しい問題です。ですから今の時期に10人のクラスで正解できる子は3~4人だと思います。しかし、置き換えを伴う交換の問題に慣れてくれば、子ども自ら解いていくことはできるはずです。思考のプロセスや言語化のプロセスにどうかかわり援助していけるのか、そこに教師の力量が問われているのです。
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