週刊こぐま通信
「代表のコラム」幼児期の教育内容と方法について、ご質問にお答えします
第925号 2025年4月4日(金)
こぐま会代表 久野 泰可
こぐま会代表 久野 泰可

3月29日(土)の夕方、川口市に本拠を置く保育園で、『「考える力」を育てる幼児期の基礎教育』と題したセミナーを行いました。5月から始まる課外授業の開講に先立ち、KUNOメソッドの内容と方法をお伝えするもので、内容は次の通りです。
- 今なぜ幼児教育に注目が集まるのか
- 幼児教育をめぐる改革の現状
- 何を教育課題とすべきか
- こぐま会が実践するKUNOメソッドの内容と方法
- 幼児期に大切な10の思考法
- 小学校入試問題にみられる「考える力」重視の傾向
- 考える力を育てるために
- 1.
- 保育園では「遊びが大事・遊ぶことで子どもが育つ」と言われます。そのことに私は賛成なのですが、小学校受験をしない家庭にも幼児期の「知育」は必要なのでしょうか?どのような活動であれば子どもが楽しみながら取り組んでくれるのでしょうか?幼児期の知育は決して小学校受験のためだけではありません。私たちは「教科前基礎教育」としてとらえ、小学校から始まる教科学習を支える「考える力」を育成する教育だと考えています。そのうえで、学ぶ楽しさや学ぶ姿勢を身につけることも大事だと考えています。ペーパーを先行させた学びではなく具体物を使い、試行錯誤する事物教育であれば、楽しみながら取り組んでくれるはずです。物事に働きかける経験こそ、学ぶ楽しさと、ほんものの考える力が身につきます。
- 2.
- ジェームズ・ヘックマン教授の『幼児教育の経済学』を読み、「幼児教育」が大事だということを改めて知りました。いま子どもは保育園に通っていますが、幼稚園に比べて小学校への準備がきちんとできるのか、教育面にとても不安を感じています。保育園に子どもを通わせている家庭に向けたアドバイスをお願いします。これからの幼児教育は保育園が主流になります。働く親が増えるということだけでなく、生活を共にした集団が教育集団としては適切なのです。幼児期の教育は生活や遊びの経験がすべての土台になります。その経験を共有できることが大事で、その経験を学びの土台にすべきです。その意味で、保育園のほうが教育環境としては適切だと考えています。幼稚園で行われている「読み書き計算・英語教育」が気になるのはわかりますが、そうした形になる教育を先行させているだけでは「考える力」は身につきません。保育園における生活教育こそ、子どもたちの成長に見合った教育ができる環境だと思います。その意味で、保育園が教育環境として幼稚園より劣っているということはありません。
- 3.
- 「非認知能力」と「子どもが自由に遊ぶことで学ぶ」ことの違いは何でしょうか?どうすれば「非認知能力」が育つのでしょうか?そして育ったことを子どものどのような姿から評価できるでしょうか?非認知能力を一言で表現するのは難しいことですが、他者が存在する「集団」があり、それが目的意識を共有できる集団でなくては成り立ちません。自由に遊ぶということとは意味合いが違います。他者との関係で、聞く・話すを中心に、コミュニケーション能力や、最後まで協力して頑張りぬくといった社会性がとても大事になります。それはいま、子どもだけでなく、大人社会でも大きくクローズアップされている課題です。非認知能力がないと、認知能力があっても社会に出てその能力を発揮できず、チームワークを大事にする今の社会で、成功者となりえないのです。
- 4.
- 〈KUNOメソッド〉の土台となる「生活 他」という分野は、家庭での生活が大事なのだと思いました。保育園に通わせていると、家庭で子どもと向き合う時間が足りていないと思うことが良くあります。どのようなかかわりや、働きかけの時間を持つのが良いでしょうか?お子さんと向き合う時間が少なければ少ないほど、考えてあげなくてはならないことがあります。それは、可能な限り向き合う時間をつくり、対話する時間をしっかり確保していただきたいということです。そのうえで、身近なものに興味を持たせ、事物体験を踏まえて考えるチャンスを持つことが大事です。常に言葉を交わす時間を大切にしてあげてください。限られた時間をいかに有効に使うか、お手伝いなどを積極的にさせ、その中でさまざまな経験を積み、「なぜだろう?」「何だろう?」と新しい発見をたくさん持つことが大事です。
- 5.
- 「親に聞く前に、自分で答えを探す子ども」になってくれるために必要な親のかかわりについて教えてください。子どもの言うことを真正面から受け止め、自分でやってごらんと促し、成功体験をたくさん持たせることが大事です。決して教え込まないこと。たとえ間違った答えでも厳しい評価を下すことなく、一緒に考えてみること。自分でできたという成功体験が自己肯定感を高め、やる気につながるはずです。逆に苦手意識を持たせてしまうと学ぶ意欲をなくし、自分で考えようとしなくなります。幼児期はそのことを一番避けなくてはなりません。間違いには必ず理由があるはずで、そこを一緒に乗り越えてあげれば、前向きに取り組んでいくはずです。
- 6.
- 「知育」というと「ペーパーワーク」「ドリル」というイメージがとても強かったので、「事物教育」「対話教育」という方法があるのだとはじめて知りました。家庭で子どもと楽しみながらできる工夫について教えてください。子どもたちの考える力、本物の学力を身につけるためには、事物に触れ、試行錯誤して答えを導き出す経験がどうしても必要です。ですから、体を使い・手を使い・物事に働きかける経験、考えのプロセスを言語化する経験(対話)がどうしても必要です。そのうえで、ペーパー学習が意味を持つのです。
- 7.
- 家庭でタブレット学習を行っていますが、それとの違いについて教えてください。タブレット学習とは、ペーパーでの学習をタブレットで行うものだと思います。ペーパー以上に疑似体験ができるため、子どもも楽しく取り組むことができ、AIを使った学習としてこれからも盛んになっていくと思います。ただ、その便利さの裏に、子どもの身体を使った本当の体験として身につき、その後の学習の基礎になっていくかどうかは疑問です。体を使い、手を使いというインプットの経験にはなりません。知識を伝達するためのツールとしては意味がありますが、子どもの考える力、応用する力を育てることにはなりません。特に幼児の場合は、事物体験がどうしても必要です。
- 8.
- 身体や手を使う活動が大切というのは良く分かるのですが、学習の効率との天秤になるのではないかと感じます。またその環境をつくるのも大変です。先生は体験と学習のバランスについてどのようにお考えですか?学習の効率も必要ですが、幼児期の教育には「タイパ」はなじみません。やはり時間が必要です。本当に理解し、将来の学習の基礎になっていくことを考えると、結局は事物教育のほうが、学習効率が良かったということになります。100の課題を100通りのやり方でやるよりも、その中の10の課題をしっかり理解すれば、残りの90の課題は解決できるという学び方をしないといけません。その大事な10の課題こそ、時間をかけ、試行錯誤し、自分で解決できるようにしなければなりません。「転移する学力」という考え方が必要です。体験と学習のバランスという天秤にかけるのではなく、体験を前提に学習を進めるという考え方に立たなければいけません。
- 9.
- 子どものやる気がアップする声掛け・対話についてアドバイスをください。・まず学習課題が子どもの興味にあった楽しいものであること ・物事に触れる楽しさを意識し、何を使うかを考えること ・子どもの行為や出てきた答えを否定しないこと ・成功体験を持たせるために、難しい課題だけをやるだけでなく何が一歩先の課題かを考えてやること そうしたことを通して、自己肯定感を高めていくかかわりをしていくことが大事です。
- 10.
- 保育園では通ってくる子どもたちの家庭環境はばらばらで、価値観もばらばらになると思います。また同世代のたくさんのお友だちとの生活のなかで、仲の良い子だけではなくて、ちょっと合わないなと思う子とのかかわりも必要になってくると思います。このような環境は子どもにとってどのような意味がありますか?家庭環境も価値観もばらばらに育った子が集まるのが社会であるし、そこに目を付けないで、みんな同じだとひとくくりにしてしまうこれまでの発想が間違っているのです。いろいろな集団経験を積み、自分とは違う存在があるということをまず知るところがスタートです。服装、趣味、得意なところなど、いろいろ自分とは違う存在に気づき、それを受け入れる経験は、生活を共にする保育園のほうが幼稚園よりできると思います。それを保育の中で生かしてほしいと思います。
- 11.
- 幼児教育というと「モンテッソーリ教育」が有名だと思いますが、「KUNOメソッド」とモンテッソーリ教育の共通点と違いについて教えてください。モンテッソーリの考え方をKUNOメソッドも採用しています。感覚教具をそのままを使うことはありませんが、五感に訴える教材・教具、それを使った授業を行うこと。「集中現象」をもたらす教え方は、幼児教育を行ううえでとても大事な考え方です。
- 12.
- 体験を通して自分が気づくことと、先生や親がやり方(=テクニック)を教えることはどちらが重要でしょうか?どうしても時間を優先して、やりかたを教えてしまいたくなります。物事の認識能力を高める意味では、体験を通して自分で気づくことが大事です。大人がテクニックを教えて「できた」と思っても、本当に理解したことにはならないのです。その証拠に「なぜ?」と聞いてみればすぐにわかります。教えられたテクニックで解けたとしても、その「なぜ?」にはまず答えられないでしょう。その意味で、本当に理解したことにはつながりませんし、学力の基礎として定着することはありません。
- 13.
- 子どもはどうしても自分の意見や、自分で見たものに固執して、相手を否定してしまうことがあると思います。そのようなときに、どうしたら子どもの頭を柔軟にすることができるでしょうか?自分の考えに固執することは大事ですが、そのことは相手を否定することにはつながりません。しかし、意見の違いを調整する手立てを持たない幼児の場合、意見のぶつかり合いに終始することは多いと思います。ただ、「○○ちゃんの意見も聞いてみよう」と話を持っていけば、年中ぐらいからは自分とは考えの違うお友だちがいるという他者の存在に気づくはずです。そうした場をつくるのが大人の役割で、子どもが相互に納得のいく仕方で解決しないといけません。私が訪問したトルコの「森の幼稚園」では、子ども会議場が広場に設けられていました。何か問題が起こると子どもたちがそこに集まって意見交換し、そこで決まったことをみんなで守るようにしているそうです。日本の子どもたちが、子ども会議のような話し合いがどの段階でできるかは難しいことですが、意見の違う他者を受け入れることは年長になればできるはずです。他者の立場に立つ、自分とは違う視点を持つという経験は必要です。
- 14.
- 久野先生が考える、幼児教育において最も重要な要素は何でしょうか?・小学校で学ぶ内容を易しく薄めて取り組ませるのではなく、教科学習の基礎を身につけること ・知識の教え込みが幼児教育の方法ではないこと ・読み書き計算に象徴される、形になる教育に特化しないこと ・自ら考えるために、事物教育・対話教育を大事にすること ・毎日の学習を通して、学ぶ楽しさと学ぶ姿勢を身につけること こんなことを大事にしながら、教室での指導にあたっています。
- 15.
- 子どもたちの興味を引き出すためにどのような教育方法を工夫されていますか?ペーパーを使った学習を先行させるのではなく、事物を使った学習を中心とすべきです。物事に働きかけ、試行錯誤する経験こそ、子どもたちの興味を引き出す教育法です。体を使った経験、手を使って試行錯誤する経験、そして最後に頭を使って行うペーパー学習。同じ課題をこの3段階学習法で学ぶことで「できた」という成功体験を持たせることが、子どもたちの気持ちの中に、次の新たな課題に挑戦しようという意欲を育てることになるのです。
- 16.
- 今後の幼児教育のトレンドや方向性について、どのようにお考えですか?国家レベルでいろいろ提案があると思いますが、そもそも基本的な考え方が、実践の場から生まれたものではないので、根付くことはなく期待できないでしょう。やはり、保育園に通う子どもたちの将来を考え、現場の先生たちがいろいろ試行錯誤し、質の高い教育環境を作り上げることが大事です。その中から生まれてきたものこそ、本当に身につくもので、研究者が文献を寄せ集め、どこかの国のエビデンスを使ってやっても、日本の幼児教育はよくなっていかないと思います。ただ、これから幼児教育が注目されていくのは間違いありません。だからこそ、子どもたちにとって良い教育を模索してほしいと思います。
- 17.
- 保育園に通っていても小学校受験に挑戦することは可能でしょうか?今回の知育教室は小学校受験の対策になりますか?保育園でも十分挑戦可能です。週1回の授業だけで受験するのは厳しいですが、この教育を基礎に受験対策をとれば、それで充分対応できます。私たちは、まともな幼児教育を通して受験で合格を目指すために、家庭と協力しながら子どもたちの「考える力」を育てていきたいと思います。
- 18.
- 今回の知育教室は、小学校受験をしなくても役に立つものですか?どのようなことが身について、役に立つのでしょうか?今回のカリキュラムは受験のためのプログラムではありません。小学校から始まる算数・国語・生活科(理科・社会)の基礎を身につける教育です。効果は小学校に入ってから発揮されます。特に算数に強くなる教育です。受験する子どもたちは、この基礎教育の上に受験対策を行います。
- こぐま会代表 久野泰可監修 2025年度小学校入試厳選50問
- 傾向をつかんで、一歩前へ -
全問に詳しい解説付き。最新入試問題から到達目標や対策方法を正確に知り、確実な対策を!
※「ショップこぐま」で購入された方には、冊子「2025年度小学校入試分析速報」を進呈いたします。(非売品・部数限定)