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週刊こぐま通信
「室長のコラム」

変化のプロセスに思考をめぐらす

第826号 2022年8月19日(金)
こぐま会代表  久野 泰可

 昨年行われた大学入試共通テストにおいて、数学の平均点が低かった理由の一つに、数式の世界のみの論理の組み立てではなく、生活事実に基づくさまざまな情報を読み解き、それを数式化して解いていく点が難しかったと総括されています。同じように小学校受験の問題も、知能テストに象徴される生活感覚から離れた抽象的なものではなく、子どもたちの生活や遊びの中にある行為を素材に、「考える力」がどれだけ身についているかを見ようとする問題が増えています。次をご覧ください。

「数の推理」
上の絵を見てください。パンダとウサギが星のカードを3枚ずつ持っています。相手からは持っているカードは見えません。
これから相手のカードを1枚ひきます。ひいたカードを見せ合い、数が多いほうが勝ちです。ひいたカードは自分がもらえます。
  1. ウサギが2のカードをひくと、パンダが勝ちました。パンダは星いくつのカードをひいたのでしょうか。その数だけイチゴのお部屋にをかいてください。
  2. 今度はパンダが2のカードをひきました。すると今度もパンダが勝ちました。ウサギは星いくつのカードをひきましたか。その数だけリンゴのお部屋にをかいてください。
  3. 2回勝負をしたあと、2匹が持っているカードの星の数の違いはいくつですか。その数だけバナナのお部屋にをかいてください。

トランプ遊びを素材に3つの質問が出されていますが、最初の2問は引いたカードの勝ち負けですから難しくはありません。
  1. ウサギが2のカードを引いてパンダが勝ったということは、パンダは3のカードを引いたことになる
  2. パンダが2のカードを引いて勝ったということは、ウサギは1のカードを引いたことになる
ここまでは問題なくできると思います。そのうえで「2回勝負をした後、2匹が持っているカードの星の数の違いはいくつですか」と聞かれていますが、この問題は出来不出来に大きな差が出たはずです。

ウサギは、1回目で3を引かれ自分で2のカードを引いたので、1・2・2を持つ
パンダは、1回目で2を引かれ自分で3のカードを引いたので、1・3・3を持つ
ウサギは、2回目で2を引かれ1を引いたので、1・1・2を持つ
パンダは、2回目で1を引かれ2を引いたので、2・3・3を持つ

つまり、うさぎの星の数は4、パンダの星の数は8で、カードの星の差は4となります。

この問題の難しさは引いたカードの勝ち負けではなく、勝負の結果手元にどのカードが残っているかを判断する点です。それを2回続けて行うわけですから、このゲームの意味と、その結果どうなったかを時間経過を追って思い出すことができるかどうかがポイントです。最初の2問は勝ち負けがわかればそれでよかったのですが、2回連続して行ったゲームの数の変化のプロセスを踏まえて、自分のところにどのカードがあるか、相手にどのカードが残っているか、その変化に思考をめぐらすことができないと、この問題は解けません。

さて、この問題を理解させるためにどんな学習を積み上げればいいのでしょうか。それを夏季講習会の学校別対策講座でやってみました。私がこの入試問題を最初に見たとき、どこが難しいかを考えてみました。
  1. そもそもこのトランプゲームの意味が分かるかどうか
  2. 1回カードを引いた後、それぞれが持つカードがどうなるかがわかるかどうか
  3. 2回目のカード引きが終わった後、どちらに何のカードが残っているかを判断できるかどうか
ここまでがしっかりできれば、この問題は数の比較としてはそれほど難しい問題ではありません。ですから、授業では実際に星のトランプカードを1人3枚ずつ持たせ、2人が向きあってゲームをしました。

  1. まず、ゲームの意味を理解してもらうために、同じ趣旨で自由にやらせる(見ていると結構トランプ遊びをやったことのない子が多いようです)

  2. 3枚のカードを見えないようにして、じゃんけんで勝った子どもがまず1枚引き、引いたカードは机の上に置いて相手にも見えるようにする。2人が引いた後、次の質問をする A)どちらが勝ちましたが B)相手が持っていて隠されている2枚のカードの星の数はいくつですか C)取ったカードを入れて、3枚の星の数の合計はいくつですか、また比べるといくつ違いますか
  3. 取ったカードを自分のほうに入れて、もう一度 2. を繰り返す

2人で行ったこのゲームの後に、上で紹介した入試問題を再現します。実際に動かすことができるよう、ホワイトボードに大きなカードを貼り、子どもたちに3つの質問をしました。自分たちが行ったゲームをイメージし、数がどう変化したのか・・・そのプロセスに想いをめぐらすことができ、最後の質問にもしっかり答えられるようになりました。

この問題を指導者として良問だと考えるのは、一連の行為をイメージし、数が変化するプロセスを捉えて、関係性を判断するところに「考える力」が身につくチャンスがあると考えているからです。遊びの中にこうした考える力を伸ばすチャンスがたくさんあるのです。

もう一つ紹介しましょう。

「数の増減とやりとり」
  • クマとイヌとパンダが、持っているリンゴを半分の数だけ、同時に矢印のほうにいる動物にあげます。2回、同じようにリンゴをあげたとき、パンダが持っているリンゴの数はいくつになりますか。その数だけ下のお部屋にをかいてください。

それぞれが持っているリンゴの半分の数を矢印の先にいる相手に渡します。これを2回繰り返すと、パンダが持っているリンゴはいくつになるかという問題です。これも最初の問題と同じように、数の変化のプロセスをしっかりイメージできないと解くことができません。1回だけならともかく2回繰り返します。そうすると、あげる数ともらう数の関係をまず考え、それぞれがいくつになったかを踏まえてもう一度同じことを繰り返し、その結果としてパンダの持つリンゴの数を考えなければなりません。一つ一つの行為の意味を数の変化の側面で考え、思考をめぐらさなければできない問題です。「あげる」と「もらう」という2つの視点でものごとを考えなければならないところで、「考える力」が試されます。

今回紹介した2つの問題は、これまでの入試問題と意味合いが違います。生活経験を踏まえずに、訓練だけで解ける問題ではありません。実際の場面をイメージし、変化のプロセスを捉えてはじめて答えを導き出すことができます。思考力を鍛えるこうした問題が小学校の入試問題になっていく傾向の中で、入試対策の在り方を根本から変えなければならない時代になってきました。知能検査のような機械的なトレーニングではなく、本当の「考える力」を身につけないと解くことはできません。こうした問題が出されるようになってきたのは、大学入試の変革とまったく無関係ではないように思います。問題解決に役立つ学力をどう育てるか・・・小学校の入試問題もその方向に向かうはずです。そのことによって、現在の教え込みのペーパートレーニングが改善されていけば、小学校入試のための準備教育が意味のある幼児教育になっていくと思いますし、そうあってほしいと願っています。


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