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週刊こぐま通信
「室長のコラム」

第2次幼児教育ブームの光と影

第819号 2022年7月1日(金)
こぐま会代表  久野 泰可

 私自身の50年間の実践経験の中で、現在の幼児教育ブームは2回目の経験になります。1回目のブームでは、1972年に発行された井深大氏の『幼稚園では遅すぎる』という本をきっかけに幼児教育の重要さが認識され、バイオリン・漢字教育・体操教室・知能開発など、幼児のお稽古事が盛んに行われました。民間の幼児教室が多く設立された時代でした。そして今回は、ジェームズ・J・ヘックマン氏の著書『幼児教育の経済学』の中の「5歳までの教育が人間の一生を左右するかもしれない」との主張により、世界的な幼児教育ブームが起こっています。どちらも本の出版をきっかけに、世の中全体が幼児教育の重要さを再認識したからにほかなりません。しかも日本の場合は、それ以外にも幼児教育が注目されていくきっかけがほかにもたくさんあります。
  1. 文部科学省から5年ほど前に「幼児期の終わりまでに育ってほしい10の姿」という考え方が打ち出され、幼児期と小学校の繋ぎの教育の大切さが訴えられた
  2. OECDの勧告により、幼児教育に対する国家予算の投資が実施され、幼児教育の無償化等が進んだ。しかし、無償化だけでは教育改革にならないということで、各自治体が幼児教育の内容に関する取り組みを強化し始めている
  3. 少子化の影響で民間の教育機関の子どもの獲得競争が激化し、年齢が下へ下へと降りていった結果、それが今や幼児期にまで達している
  4. 働く母親に寄り添ったアフタースクールの充実で、共働き家庭が小学校受験を考えるケースが増えてきている
  5. 教育のグローバル化に伴う英語教育への期待の高まりによって、インターナショナルスクールの人気や幼児向けの英語教室が急増し、各家庭でもそれを自然な流れとして受け止めている
  6. 教育を改革しようという動きとは別に、「ビジネスとしての幼児教育」を考える企業が増えており、起業も盛んに行われている

このように、公教育においても民間の教育においても幼児教育の大切さが認識され、世の中全体として幼児教育ブームを支えているように思います。

多くの人たちが幼児教育に関心を寄せ、国家レベルで幼児教育への投資が活発になることはよいことだと思います。しかし、そのことが一人ひとりの子どもたちの成長にとって喜ばしいことなのかどうかは、いろいろな観点で検証されなければなりません。
  1. 子どもの知的発達のエビデンスに基づいた教育理念が打ち立てられているのかどうか
  2. 本来の幼児教育のあるべき姿と、早いことに価値をおく訓練による英才教育とが混同されていないかどうか
  3. 早期の英語教育が「早いうちから耳を慣らしておいた方がよい」という考え方に支えられているが、母国語の言語教育が置き去りにされていないかどうか。しかも、英語のシャワーにどれだけ意味があるかという検証がされているのかどうか
  4. 大量のペーパー学習による訓練が、果たして小学校受験に向けての準備教育としてふさわしいのかどうか。親の見ている前で子どもたちを競争させることが成長にとって良いことなのかどうか。教科書もなく、入試情報が公開されていない現状で、生徒獲得のための教え込み教育が宣伝され、勉強嫌いな子どもを大量に生み出していないかどうか。入学する時点ですでに、学ぶことの楽しさを感じなくなっていないかどうか。それ以前に、心の成長、心の教育にとって、ふさわしい訓練なのかどうか
  5. 国が取り組んでいる幼児期と小学校をつなぐ架け橋期の教育が、果たしてうまく進んでいくのかどうか。「幼児期の終わりまでに育ってほしい10の姿」について、「到達目標ではなく、望ましい育ちの方向性だ」と言い換えて 、明確な目標を立てることを避けているように感じられる。小学校に学習指導要領があるように、幼児期の課題が明確にならないのはなぜなのか。遊び保育が大事だというならば、遊びを主体としたカリキュラムがどうして作れないのか。幼児期における知育を避けてきた文科省の責任は大きい。民間で行われている素晴らしい実践を取り込む姿勢が必要ではないのか。教員養成のレベルから改革しなければ、日本の幼児教育は改革できない。幼児教育に携わる人間の発想の切り替えが今こそ必要である

いつの時代においても「幼児教育」の大切さは理解されてきたはずなのに、「何をどう行えばよいのか」が明確にならず模索されてきたからこそ、何かが火付け役になって「ブーム」が起こるのだろうと思います。ただ、その中身がファッションのブームとは違って、人間の成長にとって大切な「教育」ですし、しかも一度しかない「幼児期」の教育で後戻りはできません。その意味で「ブーム」の光の部分だけでなく、「影」の部分もしっかり把握し、子どもの未来にとって意味のある「教育」であってほしいと思います。


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