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週刊こぐま通信
「室長のコラム」

教え込みの教育は、子どもの柔軟な発想を阻害する

第817号 2022年6月17日(金)
こぐま会代表  久野 泰可

 人生は3歳までに作られると主張した、井深大氏の著書『幼稚園では遅すぎる』(サンマーク文庫,1971)は、現在でも育児書の一つとして読み継がれています。また、5歳までの教育が人間の一生を左右するかもれないと主張したジェームズ・J・ヘックマン氏の『幼児教育の経済学』(東洋経済新報社, 2015)という本が話題を呼び、その影響を受けていま世界全体で幼児教育ブームが巻き起こっています。OECDの勧告もあって、先進国では幼児教育に最大投資する動きが加速しています。日本でも遅ればせながら幼児教育の無償化が実現し、中央教育審議会では、年長児から小学1年生への架け橋期の教育内容をどのようにすべきかが議論されています。目指すべき方向性が示され、19の自治体でパイロット園としての実践が始まるはずです。幼児期は遊ばせておけば学習の基礎が身につくと考え、長い間「遊び保育」を中心に行ってきた日本の幼児教育も、急速に変わりつつあります。幼稚園や保育園では、生徒獲得のために「読み・書き・計算」につながる内容や「英語」を取り入れる園が増えてきました。遊びの意味を十分認識しつつも、それだけでは将来の基礎学力は身につかないと考える人たちが増えてきたのでしょう。

50年間幼児教室の現場にいて、世の中の動きを身近に感じてきた経験からすると、幼児教育がブームになったのは、この50年間で2回ありました。その1回目は、井深氏の著作に影響され「習い事」を中心にした幼児教育ブームが起こった時期です。私が最初に幼児教室にかかわった1972年頃は「幼児開発協会」という組織が設立され、バイオリン教育や漢字教育、運動教室など、幼児の習い事が盛んに行われた時代でした。その流れは今でも引き継がれ、運動系の英才教育もいろんなスポーツで盛んに行われています。その時期を第一次幼児教育ブームと呼ぶとしたら、ヘックマン氏の「5歳までの教育が人間の一生を左右するかもしれない」との訴えに触発されて起こっている現在の動きが、第2次幼児教育ブームではないかと思います。今回のブームを引っ張っているのは、「英語教育」に対する期待からです。これまで、英語教育は日本語がしっかり確立してから始めるべきだと考えられてきましたが、その開始年齢がより早まり、極端なところでは1歳児からの英語教育が始まっています。本物の英語を聞かせ、聞く耳を育てるためには、できるだけ早いほうがいいと考える人が増えてきたからなのでしょうか。それに影響を受けて、言葉や数の教育も低年齢化しているように思えます。

幼児期からの英語教育に関しては賛否両論ありますが、早いうちから耳を育てることの意味もある一方で、海外で英語を主体に生活している子どもたちの「日本語」があやふやなのは深刻な事実です。母国語で考える子どもたちの言語能力に問題が出てくるのも事実であり、そうしたことの不安に対する相談をこれまで多くの国で駐在の日本人保護者から受けてきました。母国語でない英語が身につくためには、学ぶ年齢よりも、それを使う機会があるかどうかが問題だということをシンガポールの脳科学者から伺い、今では私もそのように理解しています。

私が懸念しているのは、この英語教育の低年齢化に伴って、言語や数の学習も低年齢化している現実です。読み・書き・計算に象徴される「言葉」や「数」の学びは、字が読めた、字が書けた、数字が読めた、計算できた・・・といった具合に、成果が目に見える形のものです。だからこそ、数や言語が取り上げられるのですが、「字が読めた」「字が書けた」「計算できた」が目標になってしまうと、教え込みの学習が始まります。こうした形にこだわる教育が早期から行われるとしたら、これまでとは違った意味のない競争に駆り立てられてしまいます。子どもたちの自由な発想を切り捨てたところで成り立つ教え込み教育は、主体的な学びを育てようとするこれからの教育の流れに逆行することになっています。

幼児は模倣したり、言われたことを忠実に実行することには長けています。その特性を利用した教え込みの教育は、一見素晴らしい教育の成果として目に映りますが、実はそのやり方が、子どもの考える力を阻害することになっているということに気づかない保護者が多いことに驚いています。これからの時代、答えが一つではない課題や、もしかしたら正解がない問題にぶつかることもあるはずです。その際必要なのは「自分で考える」主体性です。型にはめ込む教育は、中身の伴わない表面的な学力でしかありません。そのことに幼児期の教育段階から注意していかないと、小学校に入ってからより困難な問題を抱え込むことになってしまいます。現在小学校低学年の学力が、以前にも増して落ちているという深刻な報告が、いろいろなところから伝わってきています。これだけ幼児期の教育に熱心なご家庭が増えているにもかかわらずです。なぜなのでしょうか。その原因をしっかり分析しておく必要がありそうです。ひょっとしたら、小学校の入試対策として行われている教え込みのペーパートレーニングが、学力低下の大きな原因になっているのではないかと懸念しています。


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