ページ内を移動するためのリンクです
MENU
ここから本文です
週刊こぐま通信
「室長のコラム」

幼児教育と小学校教育の架け橋

第812号 2022年5月13日(金)
こぐま会代表  久野 泰可

 文部科学省のホームページに、「幼児教育と小学校教育の架け橋特別委員会」のこれまでの審議経過が、令和4年3月31日付けで報告されています。幼児教育に関心のある方はぜひこの報告書をご覧ください。29ページにもわたる経過報告書ですが、これとは別に「主な概要」としてまとめられたものもありますのでそちらをご覧いただくとわかりやすいと思います。50年間、幼児教室の現場で日本の幼児教育の在り方を考えてきた1人として、この委員会における審議には特別な想いをもって見守ってきましたし、これからも関心を持ち続けていきたいと思います。ただ、いつもこうした文章を読んで思うのは、大変立派な文章でまとめてありますが、一番伝えたいはずの核心となる「幼児教育改革に対する想い」を感じることができないということです。子どもたちの実情をあまりよく知らない専門家といわれる人たちが、幼児教育に対する総花的な想いを語るのはいいとしても、実践の裏付けのない想いには子どもの存在を感じることができません。教育は具体的でなければなりません。具体的でなければ改革はできませんし、改革の理念のないところで新しい実践は始まりません。今回の委員会の構成メンバーを見ると、いままさに実践の現場にいる人間はほとんど入っていませんし、審議の過程を見てみると「幼児期の終わりまでに育ってほしい10の姿」をまとめ上げた人たちが中心になって、それをより具体化するために始まった委員会のように思います。「幼児期の終わりまでに育ってほしい10の姿」が公表されたとき、現場には大変大きな期待があったように思います。しかし、あれだけの指針で「現場で工夫しなさい」と言われても、何をどうやったらよいのかがわからなかったのは当然だと思います。私はそのことを以前書きましたが(室長のコラム 第704号)、やはり具体性を欠いた答申では現場に浸透しなかったことが今回の審議過程で明確になっており、次のように書かれています。

『幼児教育の質に関する認識が社会的に共有されるとは言い難く、いわゆる早期教育や小学校教育の前倒しと誤解されることがある。』そして、幼保小の接続の課題に関しては、園の7~9割が小学校との連携に課題意識を持ちながら、『半数以上の園が行事の交流等にとどまり、資質・能力をつなぐカリキュラムの編成・実施が行われていない。』とし、特に「幼児期の終わりまでに育ってほしい姿」については『実践にどう生かすのかなど、カリキュラムの参考になる資料が少なく、(後略)』と総括しています。そのうえで、目指す方向性として5つほど提案されていますが、その中で『(2)「幼児期の終わりまでに育ってほしい姿」と各園・学校や地域の創意工夫を生かした幼保小の架け橋プログラムの実施』が掲げられ、発達の段階を見通しつつ、5歳児から小学校1年生の2年間(「架け橋期」)に着目し、すべての子どもに学びや生活の基盤を育む「幼保小の架け橋プログラム」の実施を求めています。

今回の報告書の中に、「幼保小の架け橋プログラムの実施に向けての手引きの参考資料(初版)」も出されています。ここには園と小学校の先生が協議をし、互いに理解を深めていくうえで手掛かりとなるような具体的な事例が示されていますが、この事例こそが幼児期の基礎教育の実践のない日本の実情であるし、限界だと思います。結局小学校入学後のスタートカリキュラムを示しているだけで、幼児期の課題は明確になっていません。それどころか幼児が自分たちで考えたお店屋さんごっこ(クレープづくり)を例にとって、「幼児期の終わりまでに育ってほしい10の姿」のとらえ方の例を示していますが、まさしくこの発想こそが問題です。子どもの遊びを強引に10の姿につなげようとした結果、何でもありの分析になってしまい、こんな発想では意図的な教育課題は生まれてきません。また、私たちが一番興味を持ってみている「算数科」のスタートカリキュラムも掲載されていますが、この内容こそ貧弱な教科書的発想で、小学校側から発想して幼児期の課題を考えようとすると、一番あってはならない「小学校教育の前倒し」になってしまいます。委員会の答申と実際に示された内容とのずれがここに見られ、そこを私たちは問題にしてきたのです。幼児期の教育は、上から降ろす発想ではなく下から積み上げていく発想でなければならないはずなのに、それができない日本の幼児教育の貧弱さに改めて愕然とします。

架け橋期の具体的なカリキュラムを作るために必要なことは、現在の小学校教育や幼児教育における以下の問題点を具体的に明らかにすることから始めるべきです。
  1. なぜ、これまで幼児期における「正しい知育」が敬遠されてきたのか
  2. 以前、社会問題化した小学校での学力差問題は解決できているのか。もしできていないとするならば、いったい何が今問題なのか
  3. 「読解力が落ちている」ことが新たな問題となっているが、どのように認識されているのか
  4. 学校においてタブレットが1人1台配布される時代にあって、遊びや具体的な事物経験を重視しなければならない幼児期の教育にどう必要なのか、またどう使うのかがあいまいなまま「導入ありき」でよいのか
小学校の内容から架け橋期の課題を考えるのではなく、具体的な幼児期の実践から、幼児教育の理念をどう打ち立てるか・・・そうした思いを巡らすと、やはり私たちが実践してきた「教科前基礎教育」の考え方の正当性を痛感し、遠山啓氏が提唱した「原教科」の思想こそ、いま日本の幼児教育が直面している課題にこたえる有効な方法の一つだと思わざるをえません。

 重版決定!! こぐま会代表 久野泰可 著「子どもが賢くなる75の方法」(幻冬舎)

読み・書き・計算はまだ早い!

家庭でできる教育法を一挙公開
子どもを机に向かわせる前に実際の物に触れ、考えることで差がつく。
  • 食事の支度を手伝いながら「数」を学ぶ
  • 飲みかけのジュースから「量」を学ぶ
  • 折り紙で遊びながら「図形」を学ぶ
  • 読み聞かせや対話から「言語」を学ぶ
お求めは、SHOPこぐまこぐま会ネットショップ 全国の書店・各書籍ECサイトにて

PAGE TOP