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週刊こぐま通信
「室長のコラム」

子どもの成長の芽を摘み取らないように

第772号 2021年6月18日(金)
こぐま会代表  久野 泰可

 毎年この時期になると、子どもにいろいろな異変が見られます。これまで楽しく通っていたのに、突然教室に入るのを嫌がる子。1時間半の授業中に頻繁にトイレに行く子。筆記用具のサインペンを使って手や顔に落書きをする子。トイレに閉じこもってなかなか出てこない子。

普段見られないこうした異変を保護者に伝えると「やっぱり、そうですか・・・」と状況を把握しているケースがほとんどです。つまり、教室だけでなく家庭でも同じような様子が見られるということです。これから入試が近づくにつれて、こうした子どもが増えてくるのが予想されます。これが進むと、チック症状のように身体にも影響が出てきます。子どもたちが相当ストレスを抱えていることに間違いありません。過去の例を振り返ってみると、次のような原因が考えられます。

  1. 勉強をめぐって保護者との関係が悪化している。特に、厳しい母親の場合が目立つ
  2. ペーパーだけの指導に気が向かず、その上間違うと厳しく叱責されて、ペーパー学習に相当ストレスを感じている
  3. 学習の動機づけを狙って他者と競争させられ、できない自分に自信を無くしてしまっている
  4. 楽しくない勉強漬けの毎日で相当ストレスが溜まっていて、そこから逃げ出したい気持ちを常に持っている

こうした状況は受験が過熱すればするほど起こりやすく、かなり以前のことですが、大勢の子どもたちが心療内科や精神科に駆け込み、それがあまりにも多いため現場の医師が警告本を出し、それを受けた学校側がペーパー試験を行わなかった時がありました。今また過熱気味の受験対策が再び起こり始め、こうした状況はまた繰り返されるかもしれません。

私は、動き出した幼児教育改革の中で小学校受験で問われている「考える力」の内容は、幼児期に何を学ぶかの議論に役立つものだと思っています。これまでの日本の幼児教育では、抽象的な議論はあっても具体的な学びの内容が示されたことはほとんどありません。小学校以降の学習に指導要領があるように、学びの目標が示されるべきです。「幼稚園教育要領」や「保育所保育指針」では、そうした具体的な内容は示されていません。2018年に示された「幼児期の終わりまでに育ってほしい10の姿」も、あまりにも具体性がありません。私が実際に見た東アジア・東南アジア諸国の幼児教育は、明確な目標を掲げて日々の保育・教育が行われています。その指導者たちは、「日本の遊び保育・行事保育は楽しくていいですね」と評価する一方、「なんで専門家が何も言わないんでしょうね」とあきれていました。発展途上国の幼児教育関係者は、「明確な目標を持たない幼児教育では、国の基礎を作る有能な人材を育てることはできないし、小学校以降の教科学習の基礎を幼児期にしっかり作っておかなければ、教育によって人の能力を引き上げることはできない」と考えています。ジェームズ・ヘックマン氏の「5歳までの教育が、人間の一生を左右するかもしれない」という発言によって、日本でも幼児教育の重要さが再認識され、さまざまな取り組みが始まっています。そうした中で、従来は「意図的な教育は幼稚園受験や小学校受験のため」と考えられ、受験に関係のない方々にはあまり関心のなかった「幼児期の基礎教育」が、大勢の方々の関心事になってきたのは喜ばしいことです。一方で、過熱気味の小学校受験の対策の在り方によって、子どもたちの成長の芽が摘み取られているのも現実です。

なぜこうしたことが起こっているのか。混乱している受験対策はなぜ起こるのか、それには理由があります。
  1. 小学校受験に関する情報が学校側から示されることがほとんどなく、何を信じ、何を目標にして準備をしたらよいのか受験者にはわからない
  2. 中学校以降の試験には、基礎的な学習内容として「教科書」があり、それを基本とした学習をすることで受験準備はできるが、小学校受験には教科書がない。教科書がなく試験問題はあるという異常な入試であり、過去問を解くのが受験対策だと考えられてしまう。しかし、6歳の秋にできればいい問題を、1年前から、あるいはそれ以上前から取り組もうとしているところに、子どもの理解度と大きくかけ離れた無理な指導が始まることになる

正確な情報が示されず、教科書もない入試であるために、受験準備をする保護者の皆さまは幼児教室に頼り、情報を得て教室の指導に従うことになります。しかし、その情報が現実を反映していない間違った情報であったり、教室での指導がペーパーだけの詰め込み教育であったりすれば、どんなことが起こるか・・・それは容易に想像できるでしょう。
私は、来年4月で教師生活50年を迎えますが、間違いだらけの受験対策にならないよう、これまで学校関係者に「できるだけ多くの情報を提供していただきたい」とお願いしてきました。同時に、受験されたご家庭の協力を得て出題された問題などを聞き取り、可能な限り正確な入試情報を受験生の皆さまに提供してきました。また、家庭での学習が無理なく進められるよう、正しい基礎教育を実践してもらうために多くの教具・教材を公開し、提供してきました。こうしたことは、子どもたちの指導に当たる人間が当然やらなければならない仕事だと思っているからです。

子どもたちの異変は、そのほとんどの原因が大人側にあるのです。指導にあたる教師、それを受けて家庭で指導する保護者、子どもに関わる大人が子どもの成長のために良い環境づくりをしなければなりません。その環境の中で一番大事なことは、子どもを取り巻く人間関係の在り方です。教師と子ども、親と子どもの関係が正常でなければ、そのしわ寄せを子どもが受けることになります。先生との信頼関係、母親との信頼関係を信じて疑わない子どもたち。褒められたい一心で一生懸命取り組む子どもにプレッシャーがかかり、ストレスが溜まると信頼関係が崩れ、異変が起こるのです。目立った異変が見られなくても、子どもたちは大人が想像する以上にストレスを感じているはずです。将来の学習の基礎をつくることに大きな意味があるこの受験対策の中で、大事なものを失っていくことがないよう、親も教師も一度立ち止まって考えてください。

こぐま会代表 久野泰可 オンライン講演会のご案内
「 幼児期の基礎教育と小学校受験 」
2021年6月27日(日) 10:00~11:00 LIVE配信!(無料)
【講演内容】
1. 最近の小学校受験の傾向
2. コロナ禍の入試で変化したこと・しなかったこと
3. なぜ、ペーパートレーニングだけではだめなのか
4. 受験のための学びが、将来の学習の基礎づくりになるように

※ご視聴にはお申し込みが必要です
※後日録画配信はありません

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