ページ内を移動するためのリンクです
MENU
ここから本文です
週刊こぐま通信
「室長のコラム」

大切な幼児期に何をどう学ぶのか

第579号 2017年6月9日(金)
こぐま会代表  久野 泰可

 この45年間、常に小学校入試という現実的な課題に真摯に取り組み、教室に通われる皆さまが第1志望校に合格できることを常に目標としながら、日々の実践活動に取り組んできました。その中で、合格させるためだけに小手先の技術を教え込むのではなく、本当に自分の力で問題を解いていくことができるように、「考える力」をいかに育てるかを常に考え、指導してきました。

45年前の小学校入試は、知能テストが試験問題でした。これは訓練で対応すれば簡単にできたものです。その後受験者が増えてきたときは、大量のペーパーが課せられました。そのため私たちも、ペーパーをめくる練習まで行ったくらいです。そこで出される問題も、知能テストに小学校低学年の課題を盛り込んだ、知識に訴える問題がほとんどでした。今、「小学校受験対策はペーパートレーニングだ」といわれる根拠は、この時代のやり方がテレビドラマにも登場し、受験イコール教え込みの教育という図式が、頭に刷り込まれたからにほかなりません。しかし、毎日数十枚もペーパートレーニングをしなければならないような受験勉強は、子どもたちの心の成長に大きな障害となり、体や心に変調をきたす子どもたちが大量に生み出されてしまいました。その現実を見た精神科や臨床心理の先生方から多くの警告本が発せられ、これを受けてペーパーをまったく使わない試験が行われた時期もありました。

入試に向けた学習が心の成長にマイナスに働かないよう、それ以降、学校側も少数のペーパー試験で子どもの能力をはかる問題づくりを工夫するようになりました。難問奇問ではなく、将来の学習にとって意味のある「考える力」を問う問題が多く出されるようになりました。その多くが、私が20年間かけて作った「ひとりでとっくん」100冊シリーズの問題集から出されています。この問題集は、受験のためだけではなく、幼児期の基礎教育としてやっておくべき「知育」の内容を、単元別に作成したものです。教科書がない小学校入試の教科書的役割を、この「ひとりでとっくん」シリーズが担ってきているということは、問題をつくる小学校側も、将来の学習につながっていく意味のある問題を出そうと苦心している証拠にほかなりません。入試用と基礎教育用とに分けてきた指導を一本化し、将来の学習の基礎になる学習をきちんと行うことが、小学校入試の対策にもつながっていくという、われわれにとっては実に望ましい状況になってきているのです。その証拠に、こぐま会の教具・教材が全国200あまりの書店に並び、受験のあるなしに関係なく皆さまにお使いいただいているという事実があります。ですから、現在の小学校入試は特別な教え込みの教育が必要なのではなく、当たり前の基礎教育をきちんとやっておけば、それが入試対策にもつながるという強い信念を持って、毎日の指導に当たっています。

最近は、これまで行ってきたセミナーに加えて、外部からの要請に応えて講演会を開くことが多くなりました。そのことを通して、世の中全体がある種の幼児教育ブームであることを強く感じます。5月の連休にはシンガポールの日本人会ホールにおいて講演会を行いました。また、5月27日には外部生も迎えて年中児向けのセミナーを行いました。同29日には、大阪市保育・幼児教育センターの開設記念会において、お話をさせていただきました。最近行った講演会の演題はすべて「大切な幼児期に何をどう学ぶのか」というものです。受験のあるなしに関係なく、このテーマで話すことが今幼児教育をめぐって一番求められていることだと考えているからです。小学校入試のためというよりも、ジェームズ・ヘックマン氏の主張のように、もし5歳までの教育が人間の一生を左右するとするならば、「何をどう学ぶのか」の具体策がない議論はナンセンスです。幼児教育の重要さを訴えただけでは何の解決にもなりません。今必要なのは、毎日子どもたちが元気に通う保育園や幼稚園でどんな教育がなされるべきかを具体的に議論することです。海外の研究論文をいくら集めても具体的な実践課題は見えてきません。統計資料をたくさん集め、それを「エビデンス」としても、画期的な教育実践は生まれません。今、目の前にいる子どもたちに、何をどう経験させることが将来の学習にとって意味があるのか、それは子どもたちに接する保育士・幼稚園教諭が自ら編み出すことであって、決して上からの押し付けによる教育であってはなりません。

こぐま会は開校当初から、受験対策だけでなく幼児期の基礎教育のあり方を追究してきました。しかし、かつての知能テストや大量のペーパーが入試で課せられていた時代には、基礎教育を徹底しながらも入試向けの対策をとるという、二元指導で臨むしか方法はありませんでした。そうした入試のあり方の弊害を訴え、子どもの成長に合わせたまともな教育が必要だという主張が学校側に届いたのか、最近の入試問題は工夫された問題・考える力を求める問題が多くを占めるようになりました。私たちが日ごろから実践している「幼児期の基礎教育」の内容に沿った試験問題が出されるようになり、わざわざ入試用のトレーニングを積まなくても、将来の学習に意味のある基礎教育を指導することによって、すべてが解決するようになってきているのです。

「大切な幼児期に何をどう学ぶか」・・・この問いかけにきちんと答えることができるかどうか・・・それが、指導者として最低限求められる専門性だと思います。入試対策の学習が歪んでいく大きな原因は、そうした専門性を持った指導者があまりにも少ないからにほかなりません。

PAGE TOP