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週刊こぐま通信
「室長のコラム」

表現力は統合された能力

第462号 2014/12/5(Fri)
こぐま会代表  久野 泰可

 こぐま会の年間指導計画の中で、将来の国語科につながる内容として「言語」領域を設けています。その内容は、学習指導要領で示されている「国語科」の4本柱のうちの2つ、つまり「聞く力」としての話の内容理解、また「話す力」としてのお話づくりの2つの課題が中心になり、それに母国語としての日本語の理解が加わり、3つの視点で年間学習内容が準備されています。「読む力」や「書く力」も当然必要なことですが、それは、就学準備のクラスで行うようにしていますので、入試対策も含めた1年間の「セブンステップスカリキュラム」の中では、「聞く力」と「話す力」を中心に指導しています。

今週のばらクラスでは、言語領域の2回目の学習として以下のような内容の授業を行っています。お話づくりにつながる内容として、テーマを「短文づくり」とした学習です。

「短文づくり」
1.聞きとり練習
 カセットテープの指示に従って作業する。
a. 位置の聞きとり
「左から3番目に黒い碁石を2個置いてください。」
「右から4番目に黒い碁石を2個と、白い碁石をそれより1個多くなるように置いてください。」
「下から4番目と上から2番目に、それぞれ2個ずつ白い碁石を置いてください。」
「上から2番目に黒い碁石を1個、下から2番目に白い碁石を3個置いてください。」
b. ペーパーを使って
「リンゴのお部屋に、赤いを3個描いてください。」
「ミカンのお部屋に、青い△を2個と、緑のを1個描いてください。」
「ブドウのお部屋に、横一列に青いを6個描き、左から3番目だけぬってください。」
「バナナのお部屋に、青い△を4個描き、半分の数だけ色をぬってください。」

2.動詞の理解
a. 教師がさまざまな動作をする。その動きや状態を、「先生は~しています」の文型にあてはめて表現する。
b. 動物園や公園などの一場面の絵を見て、誰がどんなことをしているか発表する。
c. 投げる・切る・結ぶなど、与えられた動詞を使って短文をつくる。
(例)「男の子がボールを投げます(投げています)。」

3.時間的経過の系列
  4枚の絵を、時間の順序に従って並べる。

指導内容について少し解説を加えましょう。最初の聞き取り練習は、「聞く力」の一つとして、テープの指示を聞いて作業する課題です。言語領域の課題の一つとして大事にしている内容です。2つ目の課題として掲げている「お話づくり」は、まず目の前で起こっている事態を言葉で表す練習です。教師が「劇の主人公」になって、いろいろな動作をするのを見て、子どもたちが「先生が~をしています」と表現します。その経験を踏まえて、今度は動物園や公園の絵を見て、そこにいる人や動物たちがしていることを「~が~をしています」と表現します。この際大事なのは、主語を落とさないことと、動きを表す言葉を的確に使うということです。また、動きを表す言葉の応用として、動詞を一つ与え、それを使ってお話をつくる練習をします。たとえば「切る」という言葉を使って、

(1) 花子さんがハサミで紙を切りました。
(2) お母さんが、包丁で野菜を切りました。
(3) お父さんがのこぎりで木を切りました。

など、たくさんのお話をつくることができます。こうした課題が発展すると、同じ動詞を使った同音異義語の練習ができます。たとえば「あげる」という動詞を使って、

(1) 花子さんは右手を挙げました。
(2) 太郎君は、弟のひろし君におもちゃをあげました。
(3) お母さんは、お父さんの好きなてんぷらを揚げました。

この同音異義語の問題は、小学校入試でもよく出されています。こうした動詞の理解は、将来の作文教育の基礎として学校側も重視しているのでしょう。

最後の絵カードを使った「時系列」の練習は、お話づくりの前提として重要です。4枚の絵カードを時間的順序にならべ、それを使ってまとまりのある話をつくる課題です。4枚の絵カードをよく観察し、絵の中に表現された状況の変化をどのように読み取るか・・・大変論理的な課題でもあります。

以上、「聞く力」や「話す力」の育成を目的とした第2回目の授業の内容ですが、これは決して受験のための授業ではありません。幼児期の基礎教育として大事な課題の一つです。この基本の授業における子どもたちの様子を見てみると、来年秋の入試までまだ時間のある今の段階から、子どもの理解度や表現力の差は歴然としています。これは一体どういうことなのでしょうか。そして、この違いは後に一体何をもたらすのでしょうか。絵を見て一人ずつお話をつくってもらう課題でも、元気に楽しそうにお話ができる子がいる半面、話ができない、できても声が小さい子が見られます。こうした違いを、月齢差や性格の違いだと納得してしまうと、あとで取り返しのつかないことにもなりかなません。

表現力は、話す力のみならず、いろいろな能力が統合されて初めて可能になる力です。元気さだけでできるものでもありません。自分の思いや考えを言葉で表現するということが、幼児期の教育にどれだけ大事なことか・・・それを私たちは「対話教育」として、重視してきました。一方で、対話が成り立つもう一つの条件として、「聞く力」が相当身についていなければならないということがあります。「表現力」の育成は、「話す」側面だけ捉えて強調するのではなく、「聞く」側面も大事にしていかなければなりません。今年の入試結果を見ても、表現力の豊かな子は希望する学校に合格していますし、表現力の弱い子は、入試結果もあまり芳しくありません。その意味で、「表現力」を言葉の発達、コミュニケーション力、個性として片付けてしまうのではなく、学力の問題としてみていく必要がありそうです。

表現力の違いがなぜ生じるのか、そしてその違いは何を意味するか。そうした眼で見ていくと、子どもの学力の今を測る視点として、とても大事なことだと思います。この表現力は、人と人との関係で生まれるものであり、対面教育や集団活動がどうしても不可欠です。決して個別的なペーパートレーニングで身につく能力ではありません。その意味で、家庭生活の有り様が大変大きな意味を持ってきます。「表現力」を統合された能力としてみれば、制作や運動といった集団活動を中心とした「行動観察」で合否を決めていく学校の入試の狙いも良くわかってきます。言葉の発達がすべての学力の基礎をつくっているだけでなく、言葉による表現力の違いがさまざまな能力の違いを表しているとしたら、普段何気なく使っている「表現力」の意味を、もう一度考え直してみる必要がありそうです。ひょっとしたら、そこに幼児期の教育にとって大事な、ものごとに取り組む「意欲」の問題も大きく関わっているかもしれません。

入試を1年後に控えた今だからこそ、生活の中でじっくり時間をかけて取り組むべき、大事な課題であることだけははっきりしています。

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