週刊こぐま通信
「室長のコラム」図形問題の変化は、何を意味するか
第345号 2012/6/29(Fri)
こぐま会代表 久野 泰可
こぐま会代表 久野 泰可

最近の入試で、図形問題が大きく変化しているということをコラム319号「入試速報(5) 図形領域の課題」で書きました。数の問題がパターン化する傾向にあるのに比べ、図形問題は本当に工夫され、研究された独特の問題が多く出されています。図形構成中心だった出題が、多岐にわたり、特に難しい線対称や回転を伴う課題が増えています。こうした背景にはいったい何があるのか、この半年ぐらい考え続けてきましたが、少しわかり始めてきました。それは、まったく入試と関係ないところの研究会や講演会で出会った専門家の方々の意見を総合して判明してきたことです。 ところで、昨年秋に行われた入試で出された問題のいくつかを、項目ごとに掲げてみました。
- 同図形発見
- (1) 左の絵と同じ絵を、右の4つの絵から選んでをつける。
船 ・・・ 旗の長さ・船の形状・窓の数 等 細かい違い 消防署 ・・・ 窓の形・消防車と救急車の位置・建物の形状 等 公園 ・・・ 線対称・噴水の水の太さ・遊具の配置 等 (暁星小学校)
(2) 絵をよく見てください。(20秒) → 2枚めくってください。- さっき見た絵と違っている所に青でをつけてください。
(横浜雙葉小学校)
- 図形構成 - 図形分割
-
(1) 上に描いてあるヨットを見てください。下の絵の足りないところを描き足したり、色を塗ってください。左から右へ上から順番に緑のクーピーで行ってください。(横浜雙葉小学校)
(2) 上の絵をばらばらにしたものが下にあります。正しいものに、正しくないものに×をつけましょう。(雙葉小学校)
(3) 左の形を作るのに必要な形を、右のお部屋の中から探してをつけてください。(立教女学院小学校)
(4) ペントミノ- お手本のように並んだブロックを動かして、お手本とは違う形をマス目の中に描きましょう。
※手本の形を、回したりパタンと裏返したりしてできる形をマス目の中に描く。
(聖心女子学院初等科)
- お手本のように並んだブロックを動かして、お手本とは違う形をマス目の中に描きましょう。
- つみ木構成
-
(1) 完成されたつみ木構成を見て、右のバラバラの形の中から「使わない形」を選んでをつける。(東洋英和女学院小学部)
(2) つみ木のパズルを組み合わせて、3種類の色の直方体を作る。
※黄2個・赤3個・青4個(立教女学院小学校)
- 線対称
-
(1) 左ののカードは透明です。それを横にぱったんとひっくり返すとどうなるか、右のの中に描いてください。
もし間違えたら、その右のの中に描き直してください。
それも失敗したら、その次にやり直してください。
2枚続いていますから、1枚目が終わったら2枚目もやってください。(成蹊小学校)
(2) 大きな四角の紙を半分に折ってまん中の線を切る。開いた紙を「2枚ですね」と見せられる。- 半分に折ってある折り紙を、線のところで切って開いたら何枚になりますか?その数だけ青いを描いてください。
(横浜雙葉小学校)
- 重ね図形
-
(1) 左の2つの形を重ねるとどうなりますか。右から選んでをつけてください。
(2) 左の2つの印のところを合わせて重ねると、どうなりますか。右から選んでをつけてください。(形を回転させての場所を合わせて重ねる)(日本女子大学附属豊明小学校)
- 回転推理
-
(1) カニ、エビ、イルカ、カメが描かれたカードの、右上か左上に回転する数だけが描かれている。
- 左のお部屋にある四角い紙に描かれた絵が、印の描いてある方向へそのの数だけ転がったらどんな向きになるか?右の4つの中から選んでをつける。
(暁星小学校)
(2)見本があってそれと同じ回数だけ回転する。- 左の形が同じ回数回転するとどれになるか?をつける。
(東洋英和女学院小学部)
- 図形系列
-
(1) マスの中に、あるお約束の順番で形が並んでいます。でも、途中水がこぼれて分からなくなっているところもあります。あいているマスに入る絵にをつけてください。(立教女学院小学校)
(2) いろいろな絵が順序正しく並んでいます。では、空いている“?”のお部屋には、どんなものが入りますか。それぞれの下の絵から選んでを選んでください。ねこと魚とねずみ
トランプ (ダイヤの5、ハートの5、クラブの3、スペードの3)
女の子の顔 (怒っている、悲しい、笑っている、・・・)
サイコロの目の数(田園調布雙葉小学校)
私が直感的に感じたことは、こうした図形問題の変化の背景に、小学校以降に行う図形教育との関連があるのではないかという点です。そんな意識を持ちながら、先日ある会合で文科省の方とお会いした際、「空間認識をどう育て、それを図形教育にどうつなげていくかもっと研究しなければならない」ということをお話しされていました。また、先日韓国で、教科書作りに携わっている数学専門の大学教授と幼児期の教育について語り合っているとき、その方も同じような認識を示されたのです。その上で、私たちが実践している「位置表象」の学習に大変興味を持ち、図形教育の前にこうしたことをしっかりやらなくてはだめだとおっしゃっていました。特に「四方からの観察」の授業には大変興味を持たれているようでした。この教授は学会で日本にもよく来ると聞きましたので、そうした問題意識は多分共有しているのではないかと思います。つまり、日本で問題になっていることは、韓国でも同じように問題になっているのではないかということです。 現在の算数科の指導要領では、基本図形の認識を高め、それを面積や体積の問題につなげようとしているのはよくわかりますが、幼児期の子どもたちの図形にかかわる活動を見ていると、もっと小学校低学年で、図形的センスを育てる活動をすべきではないかと思います。ちなみに、小学校1年生から3年生までの指導要領の中で、図形教育について記した部分だけを拾うと次のようになっています。
- 1年 図形
(1) 身の回りにあるものの形についての観察や構成などの活動を通して、図形についての理解の基礎となる経験を豊かにする。 ア ものの形を認めたり、形の特徴をとらえたりすること。
イ 前後、左右、上下など方向や位置に関する言葉を正しく用いて、ものの位置を言い表すこと。- 2年 図形
(1) ものの形についての観察や構成などの活動を通して、図形を構成する要素に着目し、図形について理解できるようにする。 ア 三角形、四角形について知ること。
イ 正方形、長方形、直角三角形について知ること。
ウ 箱の形をしたものについて知ること。- 3年 図形
(1) 図形についての観察や構成などの活動を通して、図形を構成する要素に着目し、図形について理解できるようにする。 ア 二等辺三角形、正三角形について知ること。
イ 角について知ること。
ウ 円、球について知ること。また、それらの中心、半径、直径について知ること。
どうでしょう。小学校入試に出てくる問題に比べると、余りにも貧弱な図形教育の中身だと思いませんか。「理解の基礎となる経験」が何で、「観察や構成などの活動」とは一体何を指すのか。指導要領はいつも、漠然としたあいまいな表現ですが、経験や活動をはっきり示すことで、生活の中の図形教育が促進されるはずです。この点を考えると、今我々が位置表象や図形の領域で行っている活動こそ、小学校低学年でより徹底して行うべきではないかと思います。たぶん、問題を作成する小学校の算数科の先生方は、日本の図形教育の貧困さに頭を抱え、なんとか楽しい活動を通して子どもたちの図形感覚を育てようと、研究を重ねているのだと思います。その影響で、小学校入試における図形問題がいろいろ工夫され始めているに違いありません。小学校受験における図形問題が、もしかしたら小学校低学年の図形教育のあるべき姿を語っているのかもしれません。位置表象(空間認識)の学習を図形教育の前段階としてとらえた私たちのカリキュラムが、専門家の目から見ても正しかったことを指摘された事は喜ばしい限りです。遠山啓氏が「原図形」といった、その学習の中身をもっと充実させていくことが必要です。