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週刊こぐま通信
「室長のコラム」

試行錯誤することの大切さ

第832号 2022年10月14日(金)
こぐま会代表  久野 泰可

 知識をどれだけ身につけているかを重視する従来の学力観では、これからの時代を担う人材を育てることはできません。その流れの中で、大学入試の方法や高校で学ぶ内容に大きな変化が起こりつつあります。AI社会の中で人間が果たす役割を考えて、教育の在り方が根本から変わっていく可能性があります。そうした状況の中で、小学校の入試問題も大きく変わろうとしています。多様化した入試問題に対応できる「考える力」をどう育てるか。これは受験生の保護者の皆さまにとっては最大の関心事であり、特にこれから1年後に入試を控える年中児の皆さまにとっては切実な課題です。入試問題を見て、「あんな難しい問題が一体解けるようになるのだろうか」と、どのように学習を積み上げていったらよいのか、入試の実態を知れば知るほど不安になってしまいます。そこで、それを解決する方法として、

難しい課題にいち早く取り組み、繰り返し練習して解き方そのものを覚え込ませる
過去問を1年前倒して年中の時から取り組ませ、繰り返し練習して徹底して教え込む

といった方法がとられています。使う教材はペーパーのみ。しかし、こんなやり方で本当に子どもに「考える力」が身についていくのでしょうか。

幼児の記憶力は大人以上です。その証拠に「話の内容理解」の問題を一緒にやってみてください。聞いて覚える力は、おそらく子どものほうが優れているはずです。メモを取ることに慣れてしまった大人は、その分「聞いて覚える力」が退化しているのです。その幼児期の子どもの特性を生かして、記憶力に訴えた「教え込み」の教育は、どの年齢よりも効果があるのです。しかし、「教え込まれた方法で解ける」ということは、「本当に理解し、類似問題にも応用できる」こととイコールではありません。私は教室での指導で、「はもらえたけれど、本当に理解してはいない」子どもをどれだけ多く見てきたことでしょう。ここに教え込みの受験対策の大きな誤りがあるのです。ですから、私が教室で毎回行っているのは、がもらえてももらえなくても、なぜそうした答えになったかを子ども自身に説明させることです。そこで、本当に理解できている子と理解できていない子がはっきりとわかるのです。中には、×をもらった子の中にも限りなく正解に近い考えをしている子もいるのです。そうした子は、自分の考えたことを言葉で説明する過程で自分の誤りに気付いていくのです。

教え込みの実態がどうであるのか。簡単な問題ではありますが、2つほど紹介しましょう。

「シーソーの三者関係」
赤・青・黄の箱をシーソーにのせて重さをくらべました。

「シーソーの重さくらべ」は、小学校入試の定番です。こぐま会では、ゆりクラスで具体物を使った経験をたくさん積ませ、最後はペーパーでも取り組ませます。実際の入試問題のほとんどが四者関係の推理になりますが、基本はこの三者関係の推理です。
この場面を見せて、

(1) 一番重いものはどれですか
(2) 2つのシーソーを見て、重い順に×をかいてください

と質問します。入試を控えたばらクラスの子どもたちは何の迷いもなく答えられますが、1年下の子どもたちに問いかけるとこれは結構難しい問題です。例えば、一番重いものがどれかを聞くと、青と黄の両方を答える子が出てきます。理由を尋ねると「左のシーソーで下がった青と、右のシーソーで下がった黄の両方が一番重いというのです。黄の相手が青であることを見ないまま、下がった両方を答えてしまうのです。こうした現状で、重い順に並べられた子に「どうして黄、青、赤になったの?」と尋ねると、「黄は1回登場して下がっているでしょう、それが一番重いの、赤は1回登場して上がっているでしょ、それが一番軽いの、青は2回登場して上がったり下がったりしているでしょう、それが2番目に重いの・・・」「どうしてそう考えたの?」「だってお母さんがそうやればできると教えてくれたの」

実際、お母さんから教わったやり方で正解できてしまうのです。しかし、そんなやり方では、四者関係や五者関係になると通用しません。今回の問題であれば「青」の存在の意味を理解することが大事であり「青は赤よりは重いけれども、黄よりは軽い」といった相対的なものの見方ができるかどうかが大事なのです。教え込まれた方法では相対的な思考は身につきません。

また、よく見られる教え込みの典型は「観覧車」の問題でも見られます。

「観覧車」
動物たちが観覧車に乗っています。

この観覧車も入試問題の定番です。いろいろな質問が可能ですが、単純化するために下の2つの質問にまとめました。

(1) ゾウが右回りでキツネのところに行くと、キツネは今誰がいるところにつきますか
(2) ゾウが右回りでキツネのところに行くと、今ゾウがいる一番上には誰が来ますか

観覧車は「法則性の理解」の典型的な「回転推理」の問題ですが、1つ動けばどれもみんな1つ動くという約束での移動です。まず(1)の質問です。ゾウがキツネのところに行くには、右回りに5つ動きます。ですからキツネも5つ動いて今ネコがいるところにつきます。これは簡単に答えられます。次に(2)の質問です。ゾウがキツネのところに行くには5つ動きますから、5つ動いて一番上のゾウのところにだれが来るかを考えればいいわけです。

この(2)の質問が難しいので、観覧車全体が難しいとなってしまうのです。子どもたちは5つ動くことは理解していますから、ある場所に指を置いて調べ始めます。サルに指を置いて数えると一番上までは4つ動けば行くし、ネコに指を置いて数えると6つ動けば行くというように、試行錯誤して調べます。そうした中で、簡単に正解した子に「どうしてわかったの」と聞くと、「反対回りにすればいいの」と言って、ゾウから左回りに5つ動かしてパンダと答えるのです。「すばらしいね、でもどうして反対回りなの?」と聞くと、ここでも自分の考えではなく、「だってお母さんがそうしなさい」と教えてくれたから・・・というのです。右回りに回っている観覧車をなぜ左回りにして答えを見つけ出したのか、それが説明できなかったので、「じゃあ一緒にやってみようか」、と声掛けをし、その子も含めて全員で考えてみました。キツネがネコのところに行くには、右回りに5つ動くことは誰でも理解していますので、「じゃあ一緒にやってみようね」「一つ動くと誰が一番上に来るの?」「クマ」「じゃあ2つ動くと?」「イヌ」「3つ動くと?」「キツネ」・・・こうして1つずつ動かしていくと、子どもたちから「これからやってくるものを探すのだから、5つ戻ればいい」と、反対回りに数えた意味を理解していくのです。

2つの例を挙げましたが、こうしたことがいたるところで見られるのです。教えられたやり方は忠実に再現するのですが、そのことがシーソーや観覧車の理解につながったかどうかは、はなはだ疑問です。

子ども自身が自分の力で問題を解いていくためには、試行錯誤する時間が必要ですし、ペーパーではなく事物が必要です。自分で事物に触れ、実際にやってみる経験が論理を形成していくための原動力になるのです。私たちは時間がかかっても、こうした学びを積み上げていくことによって暗記主義の教育を排除し、「考える力」をしっかり育てていきたいと思っています。


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