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週刊こぐま通信
「室長のコラム」

「幼児教育にあたらしい風を 総括2019」

第703号 2019年12月27日(金)
こぐま会代表  久野 泰可

 令和元年の今年も残り少なくなりました。この1年を振り返ってみると、私たちの仕事を取り巻く環境も大きく変化しているように思います。幼児教育の無償化によって、何か変わるのではないかと期待していた人たちも多かったと思いますが、無償化で幼児教育の質が深まることは決してありません。子育て支援の一環として国から子育て費用が補填されるということは、ご家庭にとってもいいことであるし、教育業界にも少なからず影響があり、幼児教育をめぐる関連産業が活気付いているようにも思います。しかし、指導の現場に身を置いて今の状況を見てみると、必ずしも教育の質が深まり、子どもたちにとって良い方向に事態が進展しているとは思いません。逆に、これまでの良好な教育環境を壊し始める動きが台頭していることを懸念しています。

教育を商品として売る教育産業、特に幼児教育産業にとって戒めなくてはならないのは、子どもの成長を無視した「何でも早いほうがいいんだ」といった考え方です。早期教育ビジネスが、いまや子どもの成長を阻害するものになってしまっている現実があるということを知っておく必要があります。特に低年齢化した教育サービスの中には、他の子どもと比較して心配になる母親の心理をうまく利用し、例えば「だれよりも早く、読み・書き・計算ができるようになる」といった知識つめ込み型ビジネスが横行していることです。1歳児に読み・書き・計算をさせるようなゆがんだ教育法が、子どもを幸せにするはずはありません。結果を早く求める親の心理につけこんだこうした動きは、排除していかなければなりません。その多くが、もともと教育とは無縁な若い起業家集団が担っているということが問題です。参入するハードルが低いため、誰もが簡単にできてしまう幼児教育ビジネスには厳しい目を向けなければなりません。大人の世界の「売り上げ競争」に子どもが巻き込まれてしまったのではたまったものではありません。これからはそうした動きが加速するはずです。誇大広告に惑わされないように、親の責任で子どもたちを守ってあげてください。

もう一つ大事な動きがあります。それは、2020年度の小学校の教育改革に先んじて始まった、幼稚園教育要領、保育所保育指針、幼保連携型認定子ども園教育・保育要領等に示された幼児教育改革の中で、「幼児期の終わりまでに育ってほしい10の姿」が今、教育現場では大きな話題になっているということです。過去の文部科学省・厚生労働省で出していた指針はあまりにも抽象的で、何をどうしたらよいのか分からないというのが現場の率直な意見でした。今回の10の姿はそれを一歩前に推し進めた形になっていますが、これすらもきわめて漠然としていて、受けとめる人によってまちまちの解釈になってしまう曖昧さがあります。例えば、「幼児期に育ってほしい10の姿」の中で、我々の仕事と関係がありそうな「考える力」に関しては次のような項目があります。
  • 思考力の芽生え
  • 数量や図形、標識や文字などへの関心・感覚
「芽生え・関心・感覚」とあいまいにしたところが役所仕事らしいところですが、しかしいったい「思考力の芽生え」として具体的に何を言おうとしているのでしょうか。「考える力」とか「思考力の芽生え」とか分かったつもりでいても、中身はあいまいなままでは現場の人間には何をどうしたらよいのか分かるはずもありません。こうした状況の中で最近言い始めているのが、「10の姿は到達目標ではなく、望ましい育ちの方向性だ」・・・とのあいまいな表現です。実際に子どもたちに接していない人間があいまいな論理を展開し、具体的に分からなくなると、実は目標ではなく望ましい育ちの方向性だ・・・などとごまかし始めているのです。「幼児期の終りまでに育ってほしい10の姿」ですから、具体的な到達目標があるはずです。それが示せないのなら、こんな指標を出す必要はありません。子どもにかかわる保育士・教諭だけでなく、保護者の皆さまも具体的な目標が欲しいのです。それがないから、母親たちが我が子を他人と比較し、右往左往しているのです。こうした事態を招いている最大の原因は、国が主催するさまざまな会議で現場の人間を大事にする発想がないからです。民間で素晴らしい実践をしている多くの人たちの言葉にもっと耳を傾けるべきです。お抱えの大学教授の具体性のない発想で事が進んで行ったら、いつまでたってもこの国の幼児教育は良くなっていきません。

無償化しただけでは何も変わらない、無償化したからこそ教育の質を高めなくてはならない・・・という市長の考えに沿って、大阪市は3年前から「保育・幼児教育センター」を設置し、職員の研修と新しいカリキュラム作りに取り組んでいます。私も特別参与の立場で関わらせていただいていますが、現場の保育士・先生方は日々忙しい仕事の中で研究・実践活動を続けています。私も研究発表の場に何回か参加させていただきましたが、こうした地道な努力によってしか日本の幼児教育は変革されないでしょう。そのためにも、幼稚園・保育園の働く環境の改善にもっとお金をかけ、ゆとりを持って質の高い教育が実践されることを願っています。

受験という極めて現実的な課題を抱えながら、そうであるからこそ、まともな教育を実践したいという想いでペーパー主義教育に反旗を翻し、私は長い間幼児教室で「事物教育」を実践してきました。まともな教育で受験にも対応できるということは、卒業生の進路を見れば明らかです。今年も大勢の卒業生が、私立小学校・国立大学附属小学校に合格しました。事物に働きかける教育によって入学してから伸びる子どもを育てたい・・・その卒業生の実態が、学校関係者から評価され始めています。こぐま会の教育が海を越えて支持されるのは、そこに教育における普遍性があるからだと思います。「こぐま会の教育は生ぬるい」と批判する人たちにお聞きしましょう。「子どもたち同士を競い合わせ、厳しく教え込むペーパー教育をご自身のお子さまにも受けさせますか」、「お孫さんに対してもそうした教育を善しとして受けさせますか」その判断に、すべての結論が見えています。私のメソッドを使用したいと相談に見える方のほとんどが、ご自身のお子さまにこの事物教育を受けさせたいので教室を開きたいと考えていらっしゃいます。わが子にどんな教育を受けさせたいか・・・その判断は大事ですし、本物です。営業成績を上げるために、自分が納得しない方法で他人のお子さまを教育せざるを得ないとしたら、こんな不幸な幼児教室の教師はどこを探してもいないでしょう。

今年も多くの方々に支えられ、1年の仕事を終えることができました。
横浜たまプラーザ校の皆さま、流山おおたかの森の才能育英会 の皆さま・・・開校初年度で生徒集めが大変だったと思いますが、3年間がんばって皆さまから信頼される教室にしてください。

ベトナム、タイ、シンガポール、台湾のスタッフの皆さま・・・駐在の日本人の皆さまだけでなく、現地の方々にも支持されるように、ていねいに「事物教育」を実践してください。

そして、KUNOメソッドに沿った教具・教材を出版していただいた多くの皆さま、現場での実践をより深め、大勢の保護者の皆さまから支持されるより良い教材を協同して開発していきたいと思います。

また、毎回このコラムをお読みいただいている皆さま、1年間お付き合いいただきありがとうございました。この場をお借りして御礼申し上げます。いよいよ来年は、本格的な教育改革が始まる年です。幼児教育の世界でも実のある議論がなされ、子どもたちのいる現場がよりよい環境になりますよう願っています。

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