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週刊こぐま通信
「室長のコラム」

入試問題に大きなヒントが

第610号 2018年2月2日(金)
こぐま会代表  久野 泰可

 幼児教育に関心が高まる中、小学校とのつながりを考えた幼児教育のあり方を模索するいろいろな取り組みが始まっています。中でも基礎学力としての「読み・書き・計算」をどうするかという議論が保護者の間でも高まり、わが子の出来具合を他人と比較して心配されるお母さまも多くいらっしゃるようです。幼児教育についての議論が盛んになるのはよいことですが、それが「読み・書き・計算」をどうするかだけに集約されるとなると、問題は深刻です。

受験を終え、この4月から1年生になる子どもたちを対象とした「就学準備クラス」が1月9日から始まりました。これまでの学習に関連付けて、小学校で学ぶ教科学習へのつなぎの授業を行っています。主要教科である算数・国語へつなげる学習を中心に、子どもの理解度を確かめながら、主体的な学習をどう実現するかというテーマに沿った授業が進んでいます。私の担当する算数では、当面2つの目標を掲げています。
  1. これまで学んできた内容を、数式に置き換えて答えを導き出す学習を積み上げる。
    数式だけの世界で計算能力を高める練習に特化せず、いつも現実の世界で起こっている事実を数式に置き換えて考える習慣を身につける
  2. 「数の構成」を含めた学習を土台に数の内面化をはかり、暗算能力を相当高めておく。それが将来の計算スピードを決定づける
「読み・書き・計算」の計算というと、一般的には数式をできるだけ早い時期から解かせることに集中しますが、KUNOメソッドによる幼小一貫教育では、数式を解く前にまず立式練習を徹底します。式を立てるということは、現実の世界で起こるさまざまな数の変化を抽象的な数の世界で捉えるということであり、与えられた数式を解くだけの学習とは意味が違います。具体的な事象を抽象化し、数式に置き換えるという作業こそが、文章題を解く力になっていくはずです。計算式が解けても数式が立てられないのでは、算数を学ぶ意味がありません。だからこそばらクラスの授業では、たくさんの具体物を使ってできるだけ生活の一部を再現し、豊富な数的体験の授業を行ってきました。その内実は、たし算・ひき算だけでなく、かけ算・わり算の世界に通じる経験もたくさん持たせてきました。

計算だけできればそれで算数が分かったことになったと理解してしまう多くの方々に、「小学校の算数は計算主義ではいけない」とこれまで何度も主張してきた理由はそこにあるのです。では、具体的に何をどう行ったらいいのでしょうか。2+3=5や5-3=2といった計算練習を行う前にすべきことの多くは、小学校の入試問題がヒントを与えてくれそうです。2018年度入試において、ある学校で出された次の問題をご覧ください。入試だから特殊なものであると思わず、一緒に考えてみてください。

  1. リンゴのお部屋を見てください。4枚の袋があります。ここにあるアメを3個ずつ袋に入れるには、アメはいくつ足りませんか。その数だけ下のお部屋にをかいてください。
  2. イチゴのお部屋を見てください。ここにあるアメを3人の男の子に2個ずつあげると、アメはいくつあまりますか。その数だけ下のお部屋にをかいてください。
  3. バナナのお部屋を見てください。ここにあるアメをお兄さんと弟で分けたいと思います。お兄さんが弟より2個多くなるように分けるとすると、お兄さんのアメはいくつになりますか。その数だけ下のお部屋にをかいてください。
  4. ブドウのお部屋を見てください。四角いお皿から、丸いお皿にアメを1個移しました。2つのお皿のアメの数のちがいはいくつですか。その数だけ下のお部屋にをかいてください。

1.は、7個のアメを3個ずつのかたまりとして4つの袋を作るには、何個足りないかという問題で、仮に数式を使うとすれば、かけ算とひき算の混合問題ということになります。しかし、幼児は計算はしないため、7個のアメの絵を使って考えるしか方法はありません。暗算できるわけではないので、アメの絵を使った作業を通して答えを導きだす問題です。

2.は、9個のアメを3人の男の子に2個ずつあげるとアメはいくつあまるかという問題ですから、これも絵を見ながら2個ずつの括りを3つつくり、残ったアメの数を調べます。かけ算の基礎となる一対多対応とひき算が混ざった問題です。

3.は、10個のアメを兄弟で分けるとき、お兄さんのほうが弟より2個多くなるように分けるとすると、お兄さんのアメの数はいくつになるかという問題です。不等分のこの問題は、いろいろな解き方が可能ですが、まず5個ずつ半分に分けてからお兄さんに2個あげるという方法をとる子が多いために、7個と3個に分けてしまう間違いが多く見られます。

4.は、四角いお皿から丸いお皿にアメを1個移すと、2つのお皿のアメの違いはいくつになるかという「数のやりとり」の問題です。基本は同数からのやりとりですが、この問題は最初から差がついているため、かなり難しいです。アメをあげた結果それぞれがいくつになったかを考えれば、その数の差を求めるだけの問題ですが、子どもたちの目は何個あげたかの方に関心が向くため、1個あげたから、もともとある違いの2に1を加えて3個と答えてしまう場合がほとんどです。

以上の4問は、数式を使って解く問題ではありません。話を聞いて問題の意図をつかみ、アメの絵を使って作業しながら解いていきます。数式を使えば、四則演算すべてが関係する問題です。しかし、幼児の生活の中に計算式はありません。それでも「数の経験」ということを考えたとき、そこには四則演算のすべてが含まれています。小学校の授業のように、まずたし算で次にひき算、そしてかけ算・わり算という順序はないのです。

今回のこの問題はペーパーで出題されていますが、私たちの日常授業では、具体物やおはじきを使った操作を重視しています。聞く力と作業して答えを導き出す方法が身についていないと結構難しい問題ですが、こうした問題こそが、数式を使った計算の前にすべき大事な経験になるのです。

「読み・書き・計算」の前にすべきこと・・・それは「考える力を育てる」幼児教育です。そのうちの多くが、小学校の入試問題として出されているのです。子どもたちを受け入れる学校側がつくった問題ですから、そこには将来の基本教科の基礎になる見通しがあるはずです。その意味で、これから幼稚園で学ぶべき課題の多くが、実際の入試問題や私が30年間かけてつくり上げたKUNOメソッドの問題集「ひとりでとっくん100冊シリーズ」の中に集約されているといっても過言ではありません。

「受験で問われる問題は、受験をしない私たちとは関係ない」と無視してしまわないで、そこで求められている能力を分析することによって、幼児期に行うべき課題が明らかになってくるはずです。「読み・書き・計算」の議論に終始しないで、小学校受験の問題を共有し、入学までに身につけておきたい能力を、さまざまな立場の人たちが議論することが大事だと思っています。

かたちや結果を重視する「読み・書き・計算」は、教育の成果を見る上ではきわめて分かりやすいものです。しかし、これからの時代に求められるのは「考える力」であるし、物事を解決するプロセスが大切になるはずです。また、小学校の高学年で見られる学力差は、「読み・書き・計算」の差ではありません。だからこそ、幼児期に行う学習課題が問題になるのですが、そのヒントが小学校受験の問題の中にあるということをぜひ知っていただきたいと思います。受験の内容を何も知らないで、「受験は特殊な世界だから・・・」と見る目を持たない教育関係者があまりにも多い現状に、公教育の限界を感じます。

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