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週刊こぐま通信
「室長のコラム」

教育無償化の先にあるもの

第577号 2017年5月26日(金)
こぐま会代表  久野 泰可

 今まで何度も言われてきた「教育の無償化」が、また話題になっています。それは、現政権が憲法改正とセットで教育の無償化を言い始めたからです。無償化の議論の中心は、「幼児教育の無償化」ですが、これは教育再生実行会議の『今後の学制等の在り方について(第五次提言)』(平成26年7月3日)の中で、明確に記されています。

1. 子供の発達に応じた教育の充実、様々な挑戦を可能にする制度の柔軟化など、新しい時代にふさわしい学制を構築する。
(1)全ての子供に質の高い幼児教育を保障するため、無償教育、義務教育の期間を見直す。

(前略)
幼児期の教育は、その後の生活や学習の基礎を確固たるものとし、生涯にわたる学びと資質・能力の向上に大きく寄与するものであり、言葉の習得や心身の発達の早期化、小学校教育との接続を踏まえ、幼児教育の機会均等と水準の維持向上を図ることが重要です。諸外国においても、幼児教育の重要性に鑑み、その質の向上や無償化への取り組みが進められています。少子化対策の観点からも、財源を確保しつつ幼児教育の無償化を段階的に進めるとともに、将来的な義務教育化も視野に入れ、質の高い幼児教育を保障することが必要です。その際、保護者が子供の教育に第一義的責任を有していることを自覚し、家庭の十分な協力を得ながら幼児教育の充実が図られることが大切です。
(後略)


とし、より具体的に次のような提言をしています。

幼児教育の質の向上のため、国は、幼稚園教育要領について、子供の言葉の習得など発達の早期化等を踏まえ、小学校教育との接続を意識した見直しを行う。保育所、認定こども園においても教育の質の向上の観点から見直しを図る。また、子ども・子育て支援新制度の下、子供の発達や状況に応じた指導の充実が図られるよう、質の高い教職員を確保していくための養成、研修、処遇、配置や施設運営の支援に関する制度面・財政面の環境整備を行う。

また、別のところでは次のようにも述べています。

幼児教育の機会均等と質の向上、段階的無償化を進めた上で、国は、次の段階の課題として、全ての子供に質の高い幼児教育を無償で保障する観点から、幼稚園、保育所及び認定こども園における5歳児の就学前教育について、設置主体等の多様性も踏まえ、より柔軟な新たな枠組みによる義務教育化を検討する。

つまり、今話題になっている「幼児教育の無償化」は、少子化対策の目玉として取り上げられていますが、実は、その先に5歳児の教育を義務化すること、つまり就学年齢の1年引き下げを考えているのです。伝統的な6-3-3制の教育制度の見直しも含めた議論が今後されていくはずですが、無償化の議論の前提になる、「財源をどうするか」だけでなく、そのあとに続く、「学び」へのつながりをどうするかという大事な問題もあるという認識を、我々はしっかり持っておくべきだと思います。しかも、問題はそれだけではありません。無償化にしろ、義務化にしろ、就学前の教育にそれだけの関心を寄せ、公平な学びの機会を与えるとするならば、その内容の議論があってしかるべきですが、毎度のことながら突っ込んだ議論はどこにも見られません。

この平成26年7月の第五次提言を踏まえ「幼稚園教育要領の改訂」に向けた議論が始まり、平成29年3月に新幼稚園教育要領が公示されました。この要領では、その内容として従来と同じ5領域を設定しています。

  • 心身の健康に関する領域「健康」
  • 人とのかかわりに関する領域「人間関係」
  • 身近な環境とのかかわりに関する領域「環境」
  • 言葉の獲得に関する領域「言葉」
  • 感性と表現に関する領域「表現」

それぞれの内容は領域ごとに詳しく書かれていますが、われわれが特に力を入れて実践してきた「考える力」は、「環境」の領域で扱われています。その中の「2 内容」には、

(9) 日常生活の中で数量や図形などに関心をもつ。
(10) 日常生活の中で簡単な標識や文字などに関心をもつ。

とあり、「3 内容の取り扱い」では、

(1) 幼児が, 遊びの中で周囲の環境と関わり, 次第に周囲の世界に好奇心を抱き, その意味や操作の仕方に関心をもち, 物事の法則性に気付き, 自分なりに考えることができるようになる過程を大切にすること。また, 他の幼児の考えなどに触れて新しい考えを生み出す喜びや楽しさを味わい, 自分の考えをよりよいものにしようとする気持ちが育つようにすること。
(5) 数量や文字などに関しては, 日常生活の中で幼児自身の必要感に基づく体験を大切にし, 数量や文字などに関する興味や関心, 感覚が養われるようにすること。

とあります。どの領域もこんな感じの表現で、そのねらいや内容が書かれています。そして、「第2章 ねらい及び内容」の冒頭には、

「・・・なお, 特に必要な場合には, 各領域に示すねらいの趣旨に基づいて適切な, 具体的な内容を工夫し, それを加えても差し支えないが, その場合には, それが第1章の第1に示す幼稚園教育の基本を逸脱しないよう慎重に配慮する必要がある。」

と述べています。
この「第1章第1に示す~」と言われている内容は、おそらく次のところが該当するのではないかと思います。

「2 幼児の自発的な活動としての遊びは, 心身の調和のとれた発達の基礎を培う重要な学習であることを考慮して, 遊びを通しての指導を中心として第2章に示すねらいが総合的に達成されるようにすること。」

つまり、新しい試みを行ってもよいが、それは、すべて「遊びを通しての指導」を中心とすべきである・・・ということを強調しているわけです。教え込みの教育や、ペーパーワークだけの教育を厳しく戒めているのです。この点を踏まえれば、「読み・書き・計算」を早くやればよいという方針が出されるのではないか・・・という我々の懸念は払しょくされるのですが、ではいったい何をやるのでしょうか。「遊びを通しての指導」とは、わかりやすい表現ですが、では「遊び」を通して「指導」するとは、具体的にはどんなカリキュラムを想定しているのでしょうか。遊びと学びの構造や、関連を具体的に何も実証しないで、「遊び」と「指導」がくっついてしまっているところに分かったようで分からない、実にあいまいなものになってしまうのです。これだけ立派な理念が提示されていながら、具体的な実践内容は、現場に任す・・・のでは、日本の幼児教育の質は改善されません。この立派な理念を具体化するワーキングチームが機能し、現場の先生方が自分たちの実践を理論化し、議論し合う場がどうしても必要です。抽象的であいまいな内容では、現場の先生たちが混乱するばかりです。

5歳児の教育が無償化され、将来的には就学年齢の1年引き下げが実施されても、今の漠然とした「ねらいと内容」では、教育の質は深まることはないでしょう。この構造を変えていかない限り、日本の幼児教育は「知育」の面において深刻な状況が続くだけです。

【参考資料】
文部科学省 新幼稚園教育要領
教育再生実行会議 「今後の学制等のあり方について」(第五次提言)

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