週刊こぐま通信
「室長のコラム」幼児期における数の教育
第508号 2015/11/27(Fri)
こぐま会代表 久野 泰可
こぐま会代表 久野 泰可

11月23日(月)の午前、提携している「サピックスキッズ」 の教育講演会で、「幼児期における数の教育」の在り方について、お話しさせていただきました。当日は最初に、親子参加型の体験授業で「一対一対応」の学習を行いました。まず、いろいろな具体物を使って「一に対して一が対応する」経験をした後、「どちらがいくつ多いか」「どちらがいくつ少ないか」「ちがいはいくつか」等の質問に答える数体験をしてもらいました。次に、それがどのようにペーパートレーニングに繋がっていくか、その流れをご両親にも見ていただき、家庭での学習方法を理解していただきました。50分間の体験授業のあと、「幼児期における数教育の在り方」をテーマに、具体的な数教育の内容をお伝えしました。
- サピックスキッズ教育講演会 「幼児期における数の教育」
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1. 小学校低学年で学ぶ内容を、そのまま易しくして、下におろすべきでない2. 遠山啓氏の主張『この本でとりあげられている内容は、未測量にせよ、分析・総合にせよ、空間表象にせよ、すべて従来の学校でやっていなかったものばかりである。
しかし、わたしたちは、このようなものこそ小学校の算数教育の始まる前に十分身につけておいてほしいものだ、と考えている。それは、従来の教科教育、とくに算数教育が始まる前に、その準備として、このような学習が必要である、と考えたのである。そういう性格をもったものを私たちは「原数学」とよんでいる。
したがって、ここで実践されているさまざまな内容や方法は、一般の幼児教育にも役立つのではないかと、ひそかに期待しているのである。』『歩きはじめの算数』(遠山啓 編(1972) , 国土社)まえがき3. 小学校の算数科で見られる子どもたちの学力問題計算はよくできるが、文章題が苦手
もっと言えば、文章を読み内容を理解したうえで「立式」ができない子が多い
なぜか?
a. 数の指導を数字から始める
b.「 具体から抽象へ」ではなく、最初から抽象の世界ではどうするか?
具体物を使った数の体験をたくさん積むことが大事(数体験)4. 幼児期の数の学習は、四則演算の基本を身につけること
そのために、学習テーマに生活や遊びの経験を積極的に取り上げる5. 具体的な内容紹介(1) 数を唱える
(2) 数の多少(一対一対応)
(3) 一対多対応
(4) 数の等分
(5) 包含除
(6) 数の増減
(7) 複合問題6. 数の変化を具体的な事象の中で捉え、それを式化する
ここで初めて、数字の世界で、数の変化を表現する
また、表現された数式を使って話をつくったりする4+2 / 4-2 / 4×2 / 4÷2
を使ってお話をつくる。何が一番難しいか・・・かけ算の4×2が一番難しい
幼児期の数の教育というと、「数字に慣れ、たし算・ひき算等を早く身につけたい」というように、計算が早くできるようになることが目的化される場合が少なくありません。だからこそ昔から言われている「読み・書き・計算」を幼児期の教育課題にすべきだという主張も根強くあります。小学校1年生の教科書を見ても、まず最初にでてくるのが数字に慣れるための学習です。ここから計算主義への傾斜が始まり、四則演算をできるだけ早いうちから身につけることに価値がおかれ、そこに関心が集中していくのです。しかし、その結果どうなるのでしょう。
「計算は良くできるけれど、文章題は苦手」
という現象が高学年で顕在化していくのです。算数・数学で必要とされる、論理数学的思考が身に付かないまま、計算だけが独り歩きした結果、文章を読んで問題を解くために必要な、「立式」ができないのです。
幼児期の数の教育は、抽象化された数の世界に子どもを導く前に、子どもたちの生活や遊びの中における数体験を積極的に意識化させ、その中における「数の変化」を敏感に捉えさせることが必要です。もっと言えば、教えようと教えまいと、子どもたちは必要に応じて「数の自己教育」を行っているのです。現実の世界で起こっている問題を解決するために、子どもたちは自ら考え、工夫し、問題を解決しているのです。その中には、たし算もあり、ひき算もあるはずです。それだけでなく、かけ算・わり算も実際の場面で行っているのです。その数の体験を豊富に持たせ、その上で、その体験を抽象化された数の世界に繋げていくこと・・・これが大事です。そう考えれば、自ずから幼児期に行う数の教育目標・教育方法が明確になってきます。決して、計算が早くできるようにすることではありません。たし算・ひき算・かけ算・わり算がどのような考えの上に成り立っているかを、事実に即して身につけることが大事です。その結果、
4+2 4-2 4×2 4÷2
の意味の違いを、現実の世界に即して説明できることが大事です。就学準備期に(年長1~3月)、例えば「花子さん・太郎君・イチゴ」を使って、4つの式のお話づくりができるようになれば、その後の計算は子どもたちにとっても意味のある学習になっていくはずです。つまり、具体と抽象の間を行き来することができるかどうかが大事であり、決して抽象の世界で数を操作する「計算主義」を、幼児期の教育課題に持ち込んではならないのです。
こぐま会ではそうした考えに基づき、年長の10月までは、数式を使わずに以下のような内容の学習を積み上げ、その上で、就学準備期に初めて数式を使った授業を行ってきています。
- step1 : 計数、同数発見、5の構成
- 買いものごっこ(命令行動)
- 5の構成
- おはじきを数える
- カードを使った同数発見
- step2 : 一対一対応
- 対応に必然性のある一対一対応
- 対応に必然性のない一対一対応
- ペーパーを使った線結び
- ~より~個多い(少ない)
- step3 : 等分
- 水、ひも、折り紙の2・3・4等分
- 余りのないおはじきの等分
- 余りのあるおはじきの等分
- step4 : 一対多対応
- 具体物を使った一対多対応
- おはじきを使った一対二・三・四対応
- 包含除の考え方(余りなし)
- 包含除の考え方(余りあり)
- step5 : 10の構成、交換
- 10の構成
- 方眼を使った数の構成
- 10をテーマとした数の構成
- 一対多対応の応用(交換)
- step6 : 数の増減、数のやりとり
- 数の増減
- 約束による数の増減
- 数のやりとり
- step7 : 総合
- 総まとめ
上に掲げた課題を、体を使い・手を使い・頭を使った三段階学習法で指導し、特に、具体物を操作する「手を使った」試行錯誤の時間を大事にしています。今回体験授業で行った「一対一対応」の学習は、ひき算の「求差」につながる考え方を育てる授業で、教室での授業は次のように展開していきます。
数 「一対一対応」
「どちらがいくつ多いか(少ないか)」2つのものの数を比較する方法を身につける。ある数を基準にして「~より~個多い(少ない)数」がわかるようにする。
- 1. どちらがいくつ多いか
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a. 対応に必然性のあるものの比較容器と蓋、花瓶と花のように対応に必然性のあるものを見て、
「どちらが多いですか」
「どちらが少ないですか」
「どちらがいくつ多いですか」
「どちらがいくつ少ないですか」
「違いはいくつですか」
「同じ数にするにはどうすればいいですか」
などの質問に答える。その際、どのように調べたらよいかを考える。b. 対応に必然性のないものの比較赤組と白組に分かれて、中央に置かれた箱に向かって玉入れをし、どちらが勝ったかを調べる方法を考える。その上で、a.と同様の質問に答える。 - 2. ~より~個多い数
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a. 机の上におはじきを5個並べ、「5個より2個少ない数はいくつですか」「5個より2個多い数はいくつですか」などの質問に答える。
b. 果物や野菜など、具体物が複数描かれた絵を見て、「ミカンより2個多くあるものは何ですか」「リンゴより1個少ないものは何ですか」などの質問に答える。


こうした方法で、かけ算につながる「一対多対応」の学習も、わり算につながる「等分」の学習も、遊びや生活の中での経験を意識させながら、具体物を使って行っています。こうした経験をたくさん積みあげた後、数式を使った抽象の世界で数の操作を行うようにすれば、「文章題になると立式ができない」子どもにはならないはずです。
「数の教育」に対するイメージを大きく変えていかないと、幼児期の数教育は、計算が早くできるようになることだという短絡的な捉え方に陥り、一番大事な「論理数学的思考」の育成はないがしろにされたまま、計算重視の指導に陥っていくことは目に見えています。これから始まるであろう国家レベルの幼児教育の内容議論が間違った方向に行かないよう、注意深く見守っていかなければなりません。