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週刊こぐま通信
「室長のコラム」

夏季講習会でみられた子どもの弱点とその対策 (2)
- ペーパートレーニングだけでは、解決できない課題がある -

第493号 2015/7/31(Fri)
こぐま会代表  久野 泰可

 子どもがものごとを本当に理解しているかどうかをどこで見極めるかは、大変難しい課題ですが、幼児の場合、ペーパー問題ができたからと言って本当に理解しているかどうかはわかりません。自分で考えのプロセスを説明したり、具体的なものを使って表現したり、実物を使って作業したりすることを通して確認しなければなりません。一つの理解が次の理解につながっていくかどうかを考えた時、ペーパーができたからといって安心してはいけないのです。ペーパー問題を解くためには独特なテクニックがあり、それを身につければ本当に理解していなくてもできてしまうことがよくあります。しかし、ペーパー以外の課題になると、何をどうしたら良いのかが解らず戸惑ってしまいます。夏季講習会に外部から参加されている子どもたちの多くにそうした傾向が見られるのは、事物を使った教育を受けてこなかった結果だろうと思います。今の入試では、「新しい問題」・「一度もやったことのない問題」がたくさん工夫されて出されます。どんな問われ方をしても答えていけるような能力を身につけておかなければなりません。答えを導き出すまでの作業・試行錯誤・自立した判断のプロセスにこそ、物事の本質をつかみ、本当に理解していける経験の蓄積があるのです。「できる」ことと「わかる」ことの溝を埋めるには、やはり事物教育が必要なのです。その意味で、「本当にわからなくてもできてしまう」ペーパー学習の限界を知っておかなければなりません。

こぐま会ではこうした考え方に立って、夏季講習会でも事物を使った学習に相当の時間を割いています。家庭でできるペーパートレーニングを、高いお金を頂いてわざわざ教室でやるのはナンセンスでしょう。ペーパートレーニングに必要な考え方と、家庭では準備できない教具・教材を使った指導、そして入試の実際を想定した集団での学習活動をこそ教室ですべきだと考えています。そのことが、今の入試で求められる「考える力」を育てることにつながっていくからです。身につけている「考える力」を、ペーパーだけでなく実際の場面で使えるかどうかを点検しながら、より高度な思考へと導くために、事物への働きかけを重視しています。

夏季講習会2日目の、「折り紙を使った線対称」の学習において行った、実際の折り紙を指定の形に切る課題は、子どもたちも大変苦労していました。おそらく、ペーパーで同じような「線対称」の問題はやっているはずですし、相当難しい課題もできるはずなのに、折り紙を与えられて「同じ形を切ってみて」と言われると、とたんに尻込みしてしまうのです。ペーパーでやる場合、補助線などを入れると、どのように切ればよいのかは分かってきますが、実際に折り紙を与えられて同じ形を切り取る課題になると、どこをどのように切ったらよいのか分からないのです。

今回は、四つ折りの折り紙から次の形を切ってもらいました。



右下の見本が一番難しいのですが、その他の切り方は基本的な課題であり、それほど難しいものではありません。その組み合わせでできるはずなのに、これを実際の折り紙で正確に切れない子が多いのです。難しい線対称の問題がペーパーではできても、簡単な見本すら実際の折り紙で切れないということは、本当に分かっていないのではないかと疑ってみたくなります。物事の本質をつかむということは、いろいろな質問形式に対応できるということですが、ペーパーはできても簡単なものすら実際の折り紙で切れない・・・これこそ私が常に言っている「メッキ教育」なのです。ペーパーさえできればどんなやり方でも良いとしたら、試験が終われば忘れていくのは当然です。そんなやり方の試験勉強では、今の時代の工夫された問題には到底対応できません。授業中の子どもたちの様子を目の当たりにして、あらためて「メッキ教育」の怖さを実感しました。ともかく教育の順序が逆転しているのです。具体から抽象への橋渡しをしなければならない大事な幼児期に、抽象の世界だけで身につける知識や方法は、結局使えない知識に終わってしまうのです。

それだけではありません。「飛び石移動」と私たちが呼んでいる問題で、自分の手を動かし質問に答えていく課題になると、ペーパーだけをやってきた子と具体物操作をたくさん積んできた子の差は、歴然としてきます。

飛び石移動
カエルとカタツムリとウサギが、マスの上を進みます。
カエルは、1つ飛ばして進みます。
カタツムリは、1つずつ進みます。
ウサギは、2つ飛ばしで進みます。
3匹は同時に出発します。
問.カエルはカタツムリにどこで追いつきますか。その場所に青いおはじきを置いてください。
問.カエルとウサギはどこで出会いますか。その場所に赤いおはじきを置いてください。

この飛び石問題は、ともかく約束に基づいてものを動かし、その結果わかることが解答になっていくのですが、その手続きの段階で、どのようにしたらよいかの判断ができないのです。特に2者が同時に動く場合の作業の仕方が問題です。追いついたり、追い越したり、どこかで出会ったりするような問題になると、正解率は極端に落ちます。約束に基づいて作業し、その結果から答えを導き出すというような問題が小学校入試で増えているのは、どんな問題を出せば子どもの能力が判断できるかを研究している試験担当者の先生方が、大勢いるからです。旅人算的なこうした「飛び石問題」が、そもそも小学校の入試問題になること自体が驚きなのですが、アメリカの科学教育を主導した「ブルーナー」が主張した、「どんな年齢の子どもにも『知的性格をそのままに保って』同じ課題を学習できる」という考え方が、小学校入試にも反映してきているということでしょうか。

ともかく、年々子どもたちの応用力が落ちているのを実感します。これを乗り越えるためには、実物でやってみる、手を使い自分で作業してみる、という物事の理解を推し進めていくために必要な、当たり前の経験をたくさん積ませるしかありません。その象徴的な課題が、「折り紙を使った線対称」であったり、コマを動かす旅人算の基礎としての「飛び石移動」なのです。ペーパーを一度横に置き、同じ課題を実物を使ってやってみるという気持ちのゆとりを、保護者の皆さまが持つことが大事です。

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