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週刊こぐま通信
「室長のコラム」

今年の入試から何を学ぶか(5) 行動観察で何が評価されるのか

第370号 2012/12/28(Fri)
こぐま会代表  久野 泰可

 今年の入試においても、ほとんどの学校で「行動観察」が行われました。学力検査・行動観察・面接・・・この3点セットで小学校入試が行われることが定着してきました。しかも、行動観察評価の合否判定に占める割合が年々増しているようにも思えます。10年、20年のスパンで見ていくと、行動観察の内容も時代を反映して変化してきました。もともと、女子校の「自由遊び」が行動観察のはじめの形式ですが、そこに運動的な要素や絵画・製作的要素、それにゲーム的な要素も加わってきました。一時期、「命令指示行動」が多かったり、逆に「自由遊び」に回帰したり・・・と変化してきました。そこには教育現場からの要請もあったはずです。ある学校が、それまで「自由遊び」を中心とした行動観察だったのが、ある年から突然、命令指示行動に変化した背景には、クラスを担当する教師から、「最近の子は、集団行動の際、指示が聞けない、約束が守れない子が多いので、入試で何とかしてほしい」という要請があったからだと聞いています。また、ある時期、命令指示行動がほとんど自由遊びになった背景には、入試に向けて徹底して形を教え込まれてくる子が多いので、その子本来の姿が見えにくくなったことがあるようです。それならば自由に遊ばせ、その子の素の姿を見たいという学校側の思惑が働いたはずです。コミュニケーション能力が劣っている現状を踏まえて、会話するチャンスをつくったり、表現力が劣っている今の子どもたちを見て、発表する機会を多く持たせたり、また、震災以降「絆」に象徴される世論を反映して、人と人との関わりや助け合いがテーマとなったり・・・行動観察はその時代のニーズに応じて変化してきています。では最近の内容はどうなっているのでしょうか。今年の入試から、その典型となる行動観察の内容を紹介しましょう。

2013年度 行動観察 「田園調布雙葉小学校」
お弁当づくりとピクニックごっこ
【お弁当づくり】
4~5人のグループになり、いろいろな材料を使ってお友だちと一緒にお弁当を作る。
材料:机の上にまとめて置いてある
(オレンジと黄色の毛糸、おり紙、色画用紙、綿、カラー粘土、粘土版、スポンジ、ハサミ、ヤマトのり、セロハンテープ、新聞紙、クレヨン、おかずカップ、大きなお弁当箱)
※新聞紙を床に敷いてその上で作業をする。
(1) お友だちに好きなものをインタビューして聞いたあと、自分の好きなものをグループの人数分作る。
  ↓
(2) 作った食べ物をグループごとに持ち寄り、2つのお弁当箱に詰める。作ったものが少ない場合は1つのお弁当箱になる。
【ピクニックごっこ】
お弁当づくりの時に敷いていた、新聞紙を片づける。
公園にピクニックに行ったという設定で、ピクニックごっこを行う。
(1) 作ったお弁当を床の上に置き、その周りに手をつないで輪になり、音楽に合わせて、くるくる歩いて回る。先生の合図で今度は反対周りになる。
  ↓
(2) グループで輪になって座り、そこで作ったお弁当を食べるまねをする。1人1人に紙皿が渡されて、お弁当箱から好きなものをつまんで入れて、手で食べるまねをする。
  ↓
(3) 最後にみんなで、お片づけをする。

2013年度 行動観察 「聖心女子学院初等科」
5~6人のグループになって活動する。
1つの教室には、3~4つのグループが活動している。
(1) 【動物になろう】
隣のお友達と挨拶を交わした後、なりたい動物をグループ内で話し合って決める。同じ動物が重ならないように話し合う。
決まった動物の大きさを考えて、その動物の背の順番で並んだ後、「私はうさぎです」と、自分がその動物になって自己紹介をする。
  ↓
(2) 【バッグを作ろう】
用意された材料を使ってバッグを作る。見本を見て同じように作ってもよいが自由に作ってもよい。
  ↓
(3) 【動物園に行こう】
動物園に行く設定で、作ったバッグを持って教室内を歩く。途中で先生が「あっ、キリンがいるよ!」など声をかけてくれる。
それぞれの学校には、その学校独自のやり方がありますから、すべての学校が紹介した2校のようにはなっていませんが、大きな流れはこの2校の行動観察に象徴されています。

1. グループ活動を基本とし、話し合いをさせる場面をつくる
2. 目的を持たせた制作活動がある
3. 作ったものを使って、指示や約束を伴った「ごっこ遊び」をする
4. 最後に協力してお片付けをする

こうした大きな流れの中で、命令指示行動的要素、話し合い、発表力、道具の貸し借り、自由遊び的要素が取り入れられており、また、どんな場面でも人の話が良く聞けるかどうかが問われています。一連の活動の中で、入学後に必要とされる集団活動の「レディネス」が問われているのです。単にペーパーテストで満点を取る子が好ましいのではなく、遊べる子、みんなと協力できる子、コミュニケーション能力が高い子、自己表現力が備わった子、助け合いの精神が身についている子こそが「集団での学校教育を通して伸びていく子どもたちである」と、学校側は判断しているのでしょう。温かな家庭環境の中で育ち、身についた素の姿、つまり、その子らしさを尊重し、さまざまな個性を持った子どもたちとの集団活動の中で、お互いに刺激し合い、成長していくことを学校側は望んでいるはずです。決して、受験向けに訓練された「型」を身につけた子を求めているのではなく、家庭で身についた本来の子どもの姿を行動観察で発揮してこそ、その子らしさとして評価されていくのだと思います。決してリーダーシップをとる子だけが高い評価を与えられるわけではなく、いろいろな場面を通して、一人一人の個性が評価されていくのだと思います。目に余る大人の意思、すなわち気持ちの伴わない「型」だけを身につけた子には、厳しい評価が下されるはずです。

あらためて言うまでもありませんが、行動観察で求められる個性は、訓練して身につけるものではなく、普段の家庭教育の中でじっくり時間をかけて育てていくものです。教室に集まって「行動観察」を行うことに意味があるとすれば、集団活動ができる強みを生かし、それぞれの子どもたちが身につけた個性を一つの活動の中でぶつけ合い、何が良いのか、何が悪いのかを子ども自身が判断し、より良いものを他の子どもたちから影響を受けながら身につけていくという「経験の場」であるべきです。それまで身につけたきたそれぞれの子どもの良さを排除し、受験で評価されるだろうという行動様式を徹底して教え込むような、「訓練の場」になってしまったのでは、学校側が求めているものと逆のものを子どもに無理やり要求することになってしまいます。そんな行動様式は、入試の場では借り物だとすぐに判断されてしまいます。教え込まれた行動様式は、大勢の子どもたちの中では変に目立ちすぎ、奇異に映るのです。私は何回もそうした場面を見てきました。行動観察で求められているのは、長い時間をかけ本当に身についた「子育ての総決算」であると考えておく必要があります。

以前も紹介しましたが、学校側からのメッセージである次の文章の中に、大事なことがすべて含まれていると思いますので、あらためてここにご紹介いたします。また今年から、教室で行う行動観察の講座での子どもの様子(「行動観察だより」)を担当教師が毎週綴ってまいりますので、子どもたちの何が問題なのか、また、子どもはどのように変化していくのか、ぜひ読みとってください。

「〔前略〕
 私立小学校を受験する子供たちの多くが、そのための準備に多くの時間を費やしていることも事実です。特に、横浜初等部の場合には、開校初年度故に、入学試験の過去の事例がありませんし、試験日程等の概要の告知も神奈川県の設置認可が得られてからの8月になりました。それだけに、これからの短期間に、初等部を志願する家庭と子供たちがいわゆる受験産業の様々な指導や根拠の無い噂によって一層振り回され、日常のありのままの姿にこそ見られる筈のその子供の良さが失われることにならないよう願っています。
〔中略〕
 また、人間には様々な性格と個性があります。そして、それぞれに応じた行動様式があります。どうか子供のそれを大切にして欲しいと思います。例えば、一見、活発で、真っ先に行動する子供はその積極性は望ましいのですが、時に、じっくり考えたり、根気強く取り組む習性に乏しい場合があります。一方で、一見、積極性に欠けて反応が遅いと思われる子供の中にも、一人で一つのことに時間をかけて黙々と取り組む力を持った子供がいます。学校は、様々な性格と個性、そして行動様式の生徒が混在してこそ、魅力的な教育環境が作られると考えています。全てが同じような行動様式の生徒である学校ほど気味の悪いものはありません。子供一人一人が、その性格や個性が大切に育まれ、それに基づく行動が良い方向に発揮されるようになることが大切なのです。その意味からも、入学試験で望ましいとされる表現型を指導されているうちに、その子らしさを摘みとってしまい、不自然な接ぎ木のようにならないよう、心に留めて頂きたいと思います。」
(慶應義塾横浜初等部 2013年度学校説明会 配布資料『横浜初等部の入学試験に当たって』)


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