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週刊こぐま通信
「室長のコラム」

今年の入試から何を学ぶか(2) 学校側からのメッセージ

第364号 2012/11/16(Fri)
こぐま会代表  久野 泰可

 慶應義塾幼稚舎の発表も終わり、私立小学校の入試は、来年開校する慶應義塾横浜初等部の入試を残すばかりとなりました。また、今月末から来月にかけて国立大学附属小学校の入試が行われます。私たちは、受験した子どもたちから各校の問題の聞き取り調査を終え、その分析に取り掛かっています。また、補欠合格者の動きも出てきましたが、こちらの方は国立大学附属小学校の合格発表まで続きますので、最終的には年明けまで待つことになりそうです。また受験生の保護者の皆さんにとって一番の関心事である「合否判定」のあり方については、1年間の教室でのテスト結果と、授業中の行動面での評価を実際の合否と照らし合わせ、また、保護者と学校との関係等、子どもを取り巻く環境を加味した多くの視点から分析する必要があります。こちらの方は相当時間がかかる作業ですが、受験指導をする立場としては必ずやらなくてはならない大事な作業だと考えています。

40年もの間、私立小学校の入試を見てくると、その変遷の中で今がどういう状況かよくわかります。問題の傾向や合否判定の仕方など毎年追跡してきましたが、その流れから考えてみると、ここ数年間の小学校入試の現状は、以前と違った様相を呈してきています。2008年度をピークに私立小学校の受験生が減り続けていることや、ペーパー問題の枚数や中身が大きく変化していること、行動観察や面接が以前にもまして重視されてきたこと、学校側が、年間行事に組み込まれている学校説明会のほかに、塾や保護者を対象とした説明会(受験フェア)を自ら開き始めていること、本試験の前に行われる面接において、時間の変更がきかなくなってきていること、補欠合格者を掲示しなくなってきていることなど・・・小学校入試が大きな変わり目に来ていることだけは事実です。

一方で、子どもたちを送り出す側の「受験準備」のあり方も過熱し、500以上もあるといわれる幼児教室では生徒の獲得競争が激化し、合格者数を水増しして発表したり、1回テストを受けただけの子どもを会員と認定し合格者数にカウントしたり、入試の実態を無視した難しい模擬テストを課して、「この問題ができなければ合格しない」と脅しにも思える勧誘をしたり、行動面で好ましいと考える「型」を徹底して教え込んだり、問題がたくさん解けた子にご褒美を与えて子どもを能力で差別したり・・・まともな考えでは理解しえない指導が受験準備の名の下で行われています。合格さえすれば何でも許されるという商業主義の準備教育は極めて深刻な状態に陥っています。私が関わった40年のうち、こうした子どもの発達を無視した注入主義の教育の在り方に対し、警告が発せられた時期が1回だけありました。それは、受験競争が過熱した1990年代後半から2000年初めごろにかけて臨床心理士から発せられた警告です。小学校入学後に起こる精神的な病の原因を追跡していった時、幼児期の教育の在り方が大きな影を落としているということです。今手元にある「警告!早期教育が危ない -臨床の現場からの報告」という本は、1996年に発行されたものですが、早期教育、特に小学校の受験準備に向けて行われた詰め込み教育が、のちに精神面で大きな問題を引き起こすことにつながるということが警告されています。こうしたことを学校側も深刻に受けとめたのか、それまで行っていたペーパー試験を廃止したところもあったくらいです。小学校受験が過熱していった時期の出来事で、その後、廃止までには至らなかったけれど、ペーパーの枚数を極端に少なくし、行動観察を重視し始めた学校が増えていった時期でもあります。
では、現在はどうでしょうか。幼児の発達に見合った基礎教育の在り方と学校側が求めている学力を分析したうえで、子どもの発達に照らしても無理のある「間違った受験対策」のあり方については、私自身も長い間警告を発し続けてきましたが、最近の学校説明会においても、同じような趣旨の話が学校側からされるようになっているようです。つまり、教え込まれた知識や行動面での態度は、入学後に大きな問題を抱え、子どもの能力の発展には寄与しないということです。つまり、今盛んに行われている詰め込み式の過去問トレーニング・形式だけを教え込み、心を育てない行動観察対策・・・「これでは、自分で考えて問題を解くことができず、また、自立した行動がとれない子どもを大量に生み出していて、学習面や行動面での成長にとってマイナスだ」と学校側が言い始めたということです。それだけ、入学後の子どもたちの状況が深刻であるということでしょう。

これから入試が始まる、慶應義塾横浜初等部の説明会で配布された「慶應義塾横浜初等部の教育、入学試験について」の冊子において、開設準備室長は「入学試験に向けて心に留めて頂きたいこと」という項目で、次のように述べています。

「〔前略〕
 私立小学校を受験する子供たちの多くが、そのための準備に多くの時間を費やしていることも事実です。特に、横浜初等部の場合には、開校初年度故に、入学試験の過去の事例がありませんし、試験日程等の概要の告知も神奈川県の設置認可が得られてからの8月になりました。それだけに、これからの短期間に、初等部を志願する家庭と子供たちがいわゆる受験産業の様々な指導や根拠の無い噂によって一層振り回され、日常のありのままの姿にこそ見られる筈のその子供の良さが失われることにならないよう願っています。
〔中略〕
 また、人間には様々な性格と個性があります。そして、それぞれに応じた行動様式があります。どうか子供のそれを大切にして欲しいと思います。例えば、一見、活発で、真っ先に行動する子供はその積極性は望ましいのですが、時に、じっくり考えたり、根気強く取り組む習性に乏しい場合があります。一方で、一見、積極性に欠けて反応が遅いと思われる子供の中にも、一人で一つのことに時間をかけて黙々と取り組む力を持った子供がいます。学校は、様々な性格と個性、そして行動様式の生徒が混在してこそ、魅力的な教育環境が作られると考えています。全てが同じような行動様式の生徒である学校ほど気味の悪いものはありません。子供一人一人が、その性格や個性が大切に育まれ、それに基づく行動が良い方向に発揮されるようになることが大切なのです。その意味からも、入学試験で望ましいとされる表現型を指導されているうちに、その子らしさを摘みとってしまい、不自然な接ぎ木のようにならないよう、心に留めて頂きたいと思います。」
(慶應義塾横浜初等部 2013年度学校説明会 配布資料『横浜初等部の入学試験に当たって』)

長い引用になりましたが、とても大切な学校側からのメッセージだと思い紹介させていただきました。この中で「入学試験で望ましいとされる表現型」と述べている部分がありますが、これこそ行動観察の対策と称して、型を教え込んでいるその指導法を指しているのでしょう。きっと入学試験において、受け答えの仕方や廃品物で作るもの、絵の描き方までが全く同じような没個性的な子どもをたくさん見て、それが間違った受験対策の結果であることを感じているからこそ、こうした警告にも似た発言になっているのではないかと思います。

以前は、精神科の臨床心理士からの警告があり、今は、受け入れる学校側からの警告だと考えると、小学校入試に向けた準備教育の在り方が、今後大きな問題になっていくのではないかと思います。受験指導に当たる者がこのメッセージを真摯に受け止め、合格さえすれば何でも許される雰囲気を、教育者の立場で改善していかなければならないと思います。

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