週刊こぐま通信
「室長のコラム」行動観察が重視される背景とその対策
第291号 2011/5/5(Thu)
こぐま会代表 久野 泰可
こぐま会代表 久野 泰可

ゴールデンウィーク講習会に合わせて、3回の連続講座を行いました。そのうち、5月4日の午前中に行った「入試における行動観察の位置づけと願書面接対策」の講座には、連休にもかかわらず大勢の皆さまにご参加いただきました。受験される皆さまの関心の高さが窺えます。今回のセミナーでは、行動観察が重視される背景を分析し、昨年秋の入試で行われた行動観察の中味を学校別に分析しました。そのうえで、どのような考え方で行動観察の対策をとったらよいのかをお伝えしました。
行動観察が重視される背景には、次のような理由が考えられます。
(1) 小1プロブレム
(2) 学力を支えるレディネス
(3) 育ちの背景を探り、どんな家庭教育を受けてきたかを探る
(4) トータルな発達として、子どもをとらえ、伸びる可能性を探る
(5) 教え込みの対策に対する警鐘の意味で、自由遊びが重視される
年長11月のペーパーテストで測られる子どもの学力が将来の学力を保証するわけではない、とどの学校の先生方も感じているはずです。解き方まで訓練されてきた子どもたちのペーパーテストの結果など信用できないということです。だからこそ、ペーパーでは測れない将来の学習活動のレディネスを学校側は見たいのです。「ペーパーで仮に100点取っても、そのことで将来の学力は大丈夫だとは言えない。それよりも遊べない子は伸びないんだよ」と話されたある校長先生の言葉がすべてを物語っています。
行動観察の中味と評価の観点が分かれば、送りだす私たちにとって大変ありがたいのですが、その点についてはっきりと情報公開している学校はほとんどありません。だから外部の我々は、入試内容と合否の関係を見ながら、何が問題かを分析しなければなりません。昨年秋の主要校の行動観察がどう行われたかを一覧表にしてみると、ある共通点が見つかり、行動観察をなぜ行うか、学校側の意図が伝わってきます。一番の問題は、いったん減った「自由遊び」が、なぜまた多くの学校で復活しはじめているのかということです。それには必ず理由があるはずです。それは、多くの受験塾で行っている「教え込みのメッキ作業」を学校側が拒否したからにほかなりません。機械的に身に付けた教え込みの態度は、必ずどこかでメッキがはがれます。口頭試問でのおかしな受け答え、違和感のあるお辞儀の仕方、身についていない言葉遣い、どの子も同じ絵の描き方・・・・すべてが受験対策として教え込まれた結果、本来の育ちの姿が見られなくなってしまったのです。歴史的に見て「行動観察」は、女子校の自由遊びから始まり、その後ペーパーテストでは見られない子どもの姿を観察しようと、運動課題や製作課題を取り入れた行動観察が盛んに行われました。しかし、ここにきて再び「自由遊び」が重視されていく結果になったのは、「自由遊び」のほうが育ちの背景を正確に観察できると考えているからにほかなりません。
2011年度入試
私立主要女子校 「入試における行動観察課題の内容」
私立主要女子校 「入試における行動観察課題の内容」
聖心女子学院初等科 | |
---|---|
行動観察 | 身体表現
|
運動 | 指示行動
|
その他 | 行動観察
|
雙葉小学校 | |
行動観察 | 自由遊び I-ドミノ、II-紙コップとボール、III-すごろく
|
運動 | 指示行動(ダンス)
|
その他 | 手先の巧緻性
|
白百合学園小学校 | |
行動観察 | 自由遊び
|
その他 | 手先の巧緻性
|
横浜雙葉小学校 | |
行動観察 | 集団ゲーム(神経衰弱ゲーム)
※床でカードをめくった時に出てくる絵によって約束がある。
♪カードが2枚揃ったら・・・歌を提案して皆で歌う 動物カードが2枚揃ったら ・・・その動物の真似をする !カードが2枚揃ったら ・・・しりとりを2周 ?カードが2枚揃ったら ・・・みんなにクイズを出題する
|
運動 | 指示運動
|
その他 | その他
|
田園調布雙葉小学校 | |
行動観察 | ごっこ遊び
|
運動 | 指示行動
|
その他 | 絵画製作
|
東洋英和女学院小学部 | |
行動観察 | ゲーム遊び (1)玉入れ (2)ジャンケン列車 自由遊び
集団課題製作
|
運動 | 指示行動(動物模倣) |
その他 | 絵画製作
|
東京女学館小学校(一般) ※AO型入試は面接と行動観察のみ | |
行動観察 | 母子活動(あ組の例)
|
運動 | 指示行動
連続運動
|
その他 | 絵画製作
|
日本女子大学附属豊明小学校 | |
行動観察 | 集団製作
|
運動 | 指示運動
|
その他 | 手先の巧緻性
|
立教女学院小学校 | |
運動 | 指示運動
|
その他 | 手先の巧緻性
|
光塩女子 学院初等科 | |
行動観察 | 発表
ゲーム遊び
自由遊び
|
運動 | 指示行動
|
そもそも、行動観察は「できた - できない」で評価するテストではありません。それにもかかわらず「できる」ようにするために、塾側が行動する仕方さえも訓練の対象にしてしまった結果、子どもの行動が画一化し、それを学校側が拒否しはじめたと考えるべきです。本当に身につくということと、形式だけを身につけるということには大きな隔たりがあります。例えば、普段「ママ」と呼んでいる子に、受験用に「お母様」と呼びなさいと訓練することに何の意味があるのでしょうか・・・・これが間違った行動観察対策の象徴です。心がこもらない、ぎこちない言葉遣いは、すぐに見抜かれてしまいます。「お名前は?」「はい、私の名前は○○です」「お父さんのお仕事は何ですか」「はい、私のお父様のお仕事は、お医者様です」・・・・こんな不自然な受け答えをしたら、試験官は何と感じるのでしょうか。訓練されてきた子に学校側は良い評価はしません。子役を決めるオーディションの会場ではないのですから・・・・そんな目立った、ぎこちない受け答えでは、マイナス評価にしかなりません。
今必要なことは、学校生活を営んでいく際に、最低限必要なこと、つまり、集団活動のルールをしっかりと身につけることです。少子化や環境の変化で、遊びを通して学んでいくチャンスが極端に減ってきています。いろいろ経験させ、子どもなりに関係のとり方を学んでいく機会を増やしてあげることが先決です。その経験に裏付けられた行動は、決して「受験用」ではありません。将来にわたり、子どもの行動の基礎として生かされていくはずです。
(1) 自己主張しかできない子
(2) 逆に何も主張できない子
(3) 友だちと会話することすらできない子
(4) 相手の存在が見えず、他人の立場を思いやれない子
こうした子が増えています。それが将来どのようになるのか、学校側はよくわかっているはずです。今の子どもたちの一番欠けていること、それを「行動観察」で見たいのです。つまりそれが評価の基準にもなっていくのです。基本的には家庭や園の生活で身につけていくべき課題ですが、もしそれを教室で行うとしたら、「経験をどう積み重ねていくか」という観点でプログラムが用意されるべきです。大人の観点で望ましいと思われる多くの教えこみが、実は学校側が求めていることとずれたことを「指導」として行っているのが現状です。ペーパー主義教育に象徴される「間違った受験対策」が、今や「行動観察対策」まで及んでいる・・・これが正直なところ間違いだらけの受験対策の実態です。その弊害はいずれ明らかになっていくでしょう。