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週刊こぐま通信
「室長のコラム」

聞く力のすばらしさ

第167号 2008/09/26(Fri)
こぐま会代表  久野 泰可

 小学校入試の学科試験はペーパーを一切使わない学校もありますが、基本的にはペーパーを何枚か使って行われます。中学校入試や高校入試と違って、設問を自分で読んで答えていく、ということはありません。先生の口頭での質問や録音された質問を聞き取って行わなくてはなりません。ですから、合格に向けた大事なトレーニングのひとつに「聞き取り練習」があるのです。1回の指示を正確に理解し、問題に取り組まなくてはなりません。数や図形等すべての問題がそのような形で行われるのですが、その最たるものは「話の内容理解」です。小学生以降の学習であれば「読解力」に相当することになりますが、小学校入試の場合は、文章を読ませることはありません。そこが易しいのか難しいのか・・・。

最近講演会があるたびに、参加された保護者の方に入試の現状を知っていただくための良い方法として、入試で実際に出された問題を解いてもらうことを実行しています。6月と7月に行った父親向けの「土曜ゼミ」においても、昨年のある学校の入試問題を解いてもらいました。何が一番難しかったか。それは異口同音に「話の内容理解」だというのです。長いお話を聞き、メモを取ることも許されない状況で、聞き終わった後に出される4~5問に正確に答えられないのです。登場人物や関係推理などいろいろありますが、ともかく聞いたものを思い出しながら答えていく能力が、幼児と比べて極端に劣っているのです。つまり、メモを取ったり、赤線を引いたりすることに慣れてしまったわれわれ大人には、すべてを聞き取って考える習慣がなくなったためか、子どもたちが自信を持って答える問題すらもできない場合が多いのです。ある能力が身につくと、それまで身についていた能力が退化してしまうのか・・・と思うほど、大人のわれわれには難しく思えるのです。私がいつも実践の現場にいて、子どもたちの聞き取る力のすばらしさに驚くのは「言葉による関係推理の問題」の時です。「三者の関係の推理」を話を聞いただけで解いてしまう、あの能力には感心します。先日もこんな問題を行ってみました。

(1) ウサギとリスがピクニックに行きました。お弁当の時間になり、ウサギはリンゴをリスはバナナを出しました。そこへ、ミカンを持ったサルがやって来ました。リスはうさぎと取り換えっこをしました。その次に、リスはサルと取り換えっこをしました。

問 : 誰がどの果物を食べましたか。果物と動物を青いクーピーで線結びしてください


(2) デザートを食べた後で、風船飛ばしをしました。どこまで飛ぶかの競争です。みんなのいる場所のすぐそばに池があります。池の向こうに松の木があって、そのまた向こうに赤い屋根の家が見えます。ウサギとリスがやったら、ウサギの風船は松の木にリスの風船は池に落ちました。次に、リスとサルがやったら、リスは松の木まで、サルは家の赤い屋根まで飛びました。最後に、ウサギとサルがやったら、ウサギは赤い屋根の家まで、サルは松の木まで飛びました。

問 : 2回勝ったのは誰ですか。ぶどうの部屋の中から選んで赤い○をつけてください


皆さん、この話を聞いただけで解けますか。(1)の方が難しいと思います。私たち大人は、まず関係を図式化したり、メモしたりしないと落ち着きません。幼児たちはそんなことをしないで、話を聞き終わった後、質問されると瞬時に答えてしまうのです。いったいこの能力とはどのように培われてきたのでしょうか。そして、こんなすばらしい能力がその後の教育で本当に生かされているのでしょうか。

1年ほど前、中学や高校の国語の先生方が集まる会合に出席した折に、幼児たちが取り組んでいるそうした聞き取り問題を実際に解いてもらいました。やはりかなり難しかったようで、その席である中学の先生が「もしこの問題を中学生にやらせてみても、間違える子が多いのではないか」とおっしゃっていました。その時、ある大学の先生が「子どもたちは話を聞いただけで考える回路ができあがっているが、大人はメモしたりする方法を身につけ、その方法で解こうとするから、逆に話を聞いただけで考えるのは難しい」と分析されて、なるほどと思ったことを記憶しています。

小学校入試の問題を作る先生たちがそこまで知ったうえで、問題を作っているのかどうかわかりませんが、数の増減の問題にしろ、地図上の移動の問題にしろ、ともかく話をしっかり聞いて問題を解かなければなりませんから、入試対策として一番気をつけなければならない点です。しかし、われわれの予想に反して何の苦もなく解いてしまう子どもたちを見ていると、それほど深刻に考えなくてもいいのかなと思うこともあります。

「人の話を聞く」というすべての大前提になる能力が、小学校入試の中心にすえられているということは、入試対策として鍛えてきた能力がそれ以降の学習の土台になっていくということであり、こんなにすばらしいことはありません。絵本の読み聞かせが大事だと言われるひとつの理由も、そうした聞く力の育成に大いに関わっているからだと思います。

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