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週刊こぐま通信
「室長のコラム」

試行錯誤する子どもたち

第303号 2011/7/29(Fri)
こぐま会代表  久野 泰可

 お弁当持ちの5日間の夏季講座では、午前中は学習課題、午後は行動観察課題を中心に、これまでの基礎学習を踏まえ、かなり難しい課題に挑戦しています。事物を使った物事への働きかけは、試行錯誤する時間を子どもに与え、物事の関係を考えさせ、論理を形成する経験を豊富に与えることになります。そうした経験がペーパー課題で一番効果を発揮するのは、答えの根拠を説明しなくてはならない時です。私たちは、1枚でも多くのペーパーをこなすのではなく、1枚のペーパーにこだわり、その問題をどれだけ深く理解したかを重視する指導を積み重ねてきました。ペーパー問題の答え合わせではつけをするだけではなく、子どもたちに答えの根拠を問いただし、子どもたち自身に考えさせる授業を心掛けてきました。「なぜ」「どうして」という問いに言葉で答えていけるようになることが、「転移ある学力」を育成することになるからです。100ある問題を基本となる10の問題に絞りこみ、その10の問いに答えられれば残り90の問題は解決できるような・・・そうした学力観が必要です。

夏季講習会4日目には、雙葉小学校で出された次のような「交換」の問題を取り上げてみました。

 動物村のパン屋さんは次のようにパンを取り替えてくれる。

  • メロンパン1個はドーナツ2個と交換できる
  • 食パン1斤はメロンパン2個と交換できる
  • ハンバーガー1個はメロンパン1個とドーナツ1個と交換できる

 問1. ドーナツ4個は、メロンパン何個と交換できるか
 問2. 食パン2斤は、ドーナツ何個と交換できるか
 問3. ハンバーガー4個は、食パン何斤と交換できるか

雙葉小学校では、この問題以前にいろいろな交換の問題を出していますが、いままでの問題との決定的な違いは、1種類のものと2種類のものが交換できるという条件です。それまでの交換条件は、1種類のものと1種類のものとが交換できるという条件でした。では、この問題を少し分析してみましょう。

最初の問題の「ドーナツ4個はメロンパン何個と交換できるか」は、ドーナツ4個の中に2個の「まとまり」がいくつあるかを問う包含除の問題です。わり算の考え方ですが、今の段階ではもう解決済みです。次の「食パン2斤はドーナツ何個か」という問題は、一度メロンパンに置き換えて、それをドーナツに換えなくてはならない問題でかなり難しいのですが、授業ではほとんどの子が解いていました。一度あるものに置き換えるという発想は「つりあい」でも求められますが、だいぶ身についてきたようです。さて、問題なのは最後の「ハンバーガー4個を食パンに換える」問題です。結論から言うと、16名いたあるクラスの子どもの中で、この問題に正確に答えられた(考え方の根拠も説明できた)のは2名だけでした。その代わり、2個と答えた子や6個と答えた子が半数以上見られました。

間違えた子にも正解した子にも「なぜ」そうなったのか聞いて、みんなで考えました。2個と答えた子も、4個と答えた子も、6個と答えた子も「ハンバーガー4個を、メロンパン4個とドーナツ4個」にまず換えます。ここまでは問題なくできていますが、その後の処理に違いがみられます。

1. メロンパン4個をまず食パンに換え、残りのドーナツを食パンに換えようと考える子
2. ドーナツ4個をまずメロンパン2個に換え、メロンパン6個を食パンに換えようとする子

1.のやり方の場合、「メロンパン4個を食パン2斤」に換えるところまでは皆できているようです。問題はそのあとです。2個と答えた子に「ドーナツ4個はどうなったの」と聞き返します。しばらく無言が続き「いらないから使わない」「換えてもらえないからそのままにしておいた」と答えるのが精一杯でした。次に、3個と正確に答えられた子に聞いてみました。少し考えた後、

「とりあえず、メロンパン4個を食パンに換えてみるの。そうすると、メロンパン2個で食パン1つでしょ。だからメロンパン4個で食パン2個なの。そのあと、ドーナツ4個をメロンパンに換えるとメロンパンは2個になるでしょ。その2個のメロンパンで食パン1つ換えてもらえるから、食パンは全部で3個(3斤)になるの」

正確に答えた子は、「とりあえず」の言葉に想いが凝縮しています。2個と答えた子がドーナツの処理に困ったのに比べ、この子は、「ドーナツも考えるけど、とりあえずわかりやすいメロンパンを食パンに換え、その後でドーナツも考える」という想いが、この言葉から伝わってきます。2個と答えた子も決して考える方向が間違っていたわけではないので、正しく答えた子の「とりあえず」に着目させ、「みんなわかる?“とりあえず”とAちゃんが言ったのは、まず最初にメロンパン4個を食パンに換え、その後でドーナツが換えられないかどうかを考えたんだよ。」そう説明すると、2個と答えた子が「2個でなく3個」と言い始めるのです。また、この問題を解くもう一つの方法は、最初にドーナツをメロンパンに換え、メロンパン6個を食パンに換えるという方法ですが、この方法で解く子は少数です。何度もこの問題を扱ってきましたが、子どもは約束にあるメロンパンを食パンにまず換えてしまうのです。2個と答えた子が多かったのもその証拠です。

幼児期の子どもたちは、2つの視点を同時に考えることは苦手です。一つの視点にこだわると別な視点が見えにくくなっていくのです。だからこそこの問題でも、メロンパンから食パンに換える視点にこだわると、同時にドーナツからの視点に気付きにくいのです。しかし、「とりあえず」の言葉に象徴されるように、少しずつ別な視点を同時に考え始められるのもこの時期からだと思います。子どもの思考過程に関わりながら、子ども自身の試行錯誤を応援してあげるような取り組みをしないと、子どもの思考力は伸びません。子どもが物事をどう考えるかをしっかり把握し、その前提に立っていろいろな解き方を指導していかないと、試行錯誤する子どもを応援することにはなりません。

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