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週刊こぐま通信
「室長のコラム」

なぜ、四則演算の学習に3年間もかけるのか

第289号 2011/4/22(Fri)
こぐま会代表  久野 泰可

 文科省の定める指導要領では、小学1年でたし算・ひき算、2年でかけ算、3年でわり算を学習するように定められています。学びの系統性の点から考えれば当然ですが、しかしなぜ3年間も必要なのか。幼小一貫教育の実践を経験して、あらためてそう感じます。子どもは生活や遊びを通して数の自己教育を行っており、その経験に基づいて算数科の指導が組み立てられているとしたら、なぜもっと短期間のうちに数の操作の基本を学ばせないのかと思います。小学校低学年の算数は、この四則演算を正確に早く行うことが第一の目標です。しかし、学び始めの3年間の算数が、この計算に重点が置かれている結果、「算数イコール計算」という悪しき計算至上主義が醸成されていきます。実生活の中から数的現象を取り上げ、それを数式に置き換えていくことを学びの中心に据えれば、四則演算は小学校1年生の1年間で十分指導が可能です。私が主宰している「幼小一貫ひまわりクラブ」では、この1年間でこの四則演算の考え方と基本的な計算ができるように指導してきました。それは単に、計算の仕方を教え込むのではなく、生活におけるさまざまな事象を取り上げ、それぞれの持つ計算の意味をとらえさせながら「立式・計算・作問」の3つの課題に取り組んできました。

計算だけができればよいという考え方を持たないように、それぞれの計算が持つ意味を幼児期の学習に関連付けて指導します。その四則演算を本当に理解したかどうかを調べる簡単な方法があります。それは、文章を読んで式を立てるいわゆる立式トレーニングだけでなく、式を見てお話をつくる「作問」トレーニングをすることです。例えばこんな練習です。

次の式に当てはまるお話を、イチゴが登場するお話として考えてみてください。
(1)6+3  (2)6-3  (3)6×3  (4)6÷3

この問題を、11月の入試を終えた子どもたちに、それまでの学習と関連付けて四則演算の指導した後問いかけてみると、はっきりした傾向が見られます。たし算・ひき算・わり算のお話はすんなりできても、かけ算の話になるとみな戸惑います。「イチゴが6個ありました・・・・」と話し始めると、たし算・ひき算・わり算の話はその後すぐに続くのですが、「一あたり量×いくつ分」というかけ算の形にするには、「イチゴが6個ありました・・・」では話が続かないのです。例えば「子どもが3人います。ひとりに6個ずつイチゴをあげるには、イチゴは何個あればよいですか」というような話ができるようになるまでには、ある程度の時間が必要です。2つの違った量をかけ合わせるという発想が難しいのでしょう。だからこそ、こうした作問練習が必要なのです。ただ作問が十分できるようになったからと言って計算が早く正確にできるわけではありませんから、計算はしっかりと練習しなくてはいけません。しかし、かけ算の意味も十分理解しないまま、九九の練習だけが独り歩きしている今の現状は決して好ましいとはいえません。

「幼小一貫ひまわりクラブ」の実践は就学前の年長1月からスタートしますが、就学前の3月までに次のような学習をしてきました。

1「たし算・ひき算って何?」
数の構成とたし算・ひき算
一対一対応・数の構成・数の増減復習/3つの部屋の数の構成/足だし式の練習/話を聞いて式を立てる
2「声を出して読み・文を書こう」
音読と聞き取り
文章題の基礎としての読み・書きの練習/詩や絵本を音読する/聞いた単語を書く/読み上げられた文章を書く
3「たし算・ひき算の計算法」
数の増減とたし算・ひき算
数の増減・足だし式・3つの部屋の数の構成復習/暗算練習/プラス・マイナスの記号の理解とその計算法
4「隠れた数を探せ」
ブラックボックス・逆思考
逆思考の問題復習/10の構成/3×3方眼による数の構成(数字で行う)/魔法の箱を数字で行う/□を使った式(空欄を埋める)
5「かけ算って何?」
一対多対応とかけ算
一対多対応の復習/絵を使ってまとまりを作る練習/かけ算の式の立て方(一あたり量×いくつ分)/立式練習
6「わり算って何?」
等分や包含除による割り算
等分除・方眼除の復習/わり算の式の立て方/立式練習
7「かけ算って答えをどう出すの?」
かけ算の計算法
×式の意味/かけ算九九表/一対多対応暗算とかけ算/簡単なかけ算 5の段・2の段
8「わり算って答えをどう出すの?」
わり算の計算法
÷式の意味/等分除・包含除の意味/暗算練習とわり算の答えかた
9「話を聞いて式を立て、解いてみよう」
文章題の基礎
短文を聞いて式を立てる/長文を聞いて式を立てる/立てた式を解いて答える
10「文を読んで式を立て、解いてみよう」
文章題の基礎
短文を読んで、式を立てる/長文を読んで、いくつかの質問に答える/文章題解決のコツ

この10回の指導で、小2・小3で学ぶかけ算やわり算までを指導するのは、次のような考え方に基づいているからです。

  1. 年中11月から年長10月まで学習してきた教科前基礎教育の内容に関連付ければ、四則演算の指導は可能である。たし算・ひき算は「数の増減」、かけ算は「一対多対応」、そしてわり算は「等分」の学習につなげてあげれば、子どもたちも無理なく理解できるはずだ
  2. 計算練習の前に、話を聞いて式を立てたり、文章を読んで式を立てたりする「立式練習」を重視する
  3. それだけではなく、その逆となる「式を見て話をつくる」作問練習にも力を入れる
  4. そうした前提の上で、簡単な加減乗除の計算は全てできるように練習する
  5. 当初わり算は、かけ算の逆算としてではなく、ものを等しく分けたり(等分除)、数のまとまりを作る(包含除)等の生活的な事象をとらえさせ、その考え方を前提とした指導に徹するために、数の範囲は12ぐらいまでとする
  6. かけ算九九が十分できるようになってから、わり算の計算をかけ算と関連付けて指導する

入試対策といえども、幼児期に行ってきた学習を無駄にせず、将来の学習にスムーズにつなげてあげる学習を就学前に行うことには大きな意味があると考えています。幼児期の事物教育につなげ、計算の形式を伝えるだけで、入学までには四則演算の考え方と簡単な計算ができるようになっていきます。これが幼小一貫教育のひとつのつなぎ方です。幼児期の学習を思い起こさせ、その時と同じ方法で指導すれば決して難しいことではありません。幼児期の学習を想起させ、それに抽象化された計算過程をどう組み込んでいけるのか。こう考えていけば、低学年における算数指導は大きく変更できるはずです。あまりにも子どもの生活や経験を無視し、抽象化された数の世界でのみ教育がおこなわれ、生活と学習がうまくかみ合わないまま計算練習を徹底する。その結果、数の世界が生活と乖離したまま進むために、文章題に象徴される応用問題になると壁にぶつかってしまうのです。

計算練習に3年間もかけないで、数の世界をもっと身近なものにし、生活事象と計算が相互作用を起こすような指導に組み立て直すべきです。そうすれば、加減乗除の意味と計算はもっと短時間に指導できるはずですし、短期間のうちにそれを獲得させれば、生活事象を数的にとらえる見方が大きく変化していくはずですし、もっと数学的な見方を育てることができるのではないかと思います。1年生の間、たし算とひき算の世界だけで事象を観察するよりも、かけ算やわり算の見方もできるようになれば、もっと視点が広がっていくはずです。ところで、ひまわりクラブの新1年生は4月20日の3回目の授業で、次のような問題を復習としてやってみました。


この問題の多くは入試対策として暗算練習させた設問内容です。この経験を踏まえ、答えを導き出す思考過程を計算式で表すことを次のステップの課題と考えました。そこで、ばらクラス(年長児)で「複合問題」と称して取り組ませてきたこのような問題を、今度は式を立てて解かせることをひまわりクラブの1年生の課題としています。かけ算とわり算の意味と計算が身に付いた持ち上がりの1年生は、こうした問題に自信を持って取り組んでいました。

高学年からの改革だけでなく、幼児からの改革も行わないと、せっかく持っている子どもの理解する力を無駄にさせてしまうことにもなりかねません。算数を計算トレーニングだけしないで、低学年の算数をもっと楽しくする内容を工夫しなくてはなりません。その前提として、四則演算を3年間もかけて指導するという今の指導法を変えなければならないと思います。

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