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週刊こぐま通信
「室長のコラム」

受験を幼児教育の良いチャンスに

第203号 2009/6/26(Fri)
こぐま会代表  久野 泰可

 最近都内の幼稚園や地方の塾に出かけて講演する機会が増えました。「幼児期における基礎教育」の在り方について実践例を紹介しながらお話しすると、大変熱心に聞いてくださり、具体的な指導法などについて多くの質問を受けます。小学校受験をしなくても、幼児期の基礎教育に、興味関心を持っているご家庭が多いことを痛感します。また、韓国や中国の教育関係者から、「ぜひこぐま会の教育プログラムを使用したい」というお話があって、ソウルや上海に行って現地の人達と話し合ったり、実際の教育の現場を視察したりしていく中で、幼児教育に対する国民の関心が高いことも知りました。受験という目標がなくても、幼児期における基礎教育の重要性を認識しているからこそ、熱心に考え取り組んでいるのでしょう。

日本の場合「早期教育」という言葉にはあまり良いイメージがないようです。品川区の打ち出した「幼小一貫教育」の方針については、私は賛成していません。なぜなら、読み書き計算のやさしい部分を小一からおろして指導するというあまりにも短絡的な発想は、幼児期における基礎教育の大事さを知らない素人の考えであるからです。その品川区の方針に対して、新聞紙上では有識者とされる方々が「早期教育にならなければ良いのに・・・」といったコメントを寄せているのをみると、この方々は「早期教育」という言葉にどんなイメージをお持ちなのかと聞いてみたくもなります。きっと早期教育に対するイメージとして、「英才教育」や「先取り教育」「詰め込み教育」を思い描いているのかもしれません。しかし、人間の成長の早期に、つまり幼児期にきちんとした教育を受けるのは大変重要な事です。

日本の幼稚園においては、これまで「知育」を毛嫌いしてきた歴史があるため、幼児期の意図的な教育に賛成しない方が多いようです。その意図的な教育を「小学校で学ぶ教科を早いうちから学ぶ」ということであれば、私も賛成できません。しかし、「早期教育」すべてがまずいと考えるのは間違いです。日本の子どもたちの学力低下を懸念するならば、幼児教育の在り方までさかのぼって考える必要があります。私たちが長い間実践してきた「教科前基礎教育」の考え方で幼児教育が実践されるなら、決して間違った早期教育にはならないし、形だけを教え込む教育では育たない「考える力」の育成に役立つはずです。

ソウルや上海の書店の学参売場に立つと、大勢の親子連れ(幼児・小学生)が問題集を探す光景によく出会います。小学校受験などないはずなのに、なぜそこまで熱心なのか。それは良い上級校への進学を目指すために幼児からしっかりと教育したい、すなわち「学歴社会」の反映だと考えればその通りですが、その熱心さが本物の教育を探すきっかけになっていることも事実です。私がお会いした現地の指導者は、思考力を育成するプログラムがないことを嘆いていました。上海の少年宮で1年間、「思考訓練」講座のひとつにこぐま会のプログラムが取り上げられ、相当な評価を受けたという実績に基づき、今、提携先の教育機関で「KUNO method」として実践活動が始まっています。この国でどのように受け入れられていくか、これからを楽しみにしています。中国には世界中から輸入されているプログラムがあるはずですが、「思考力育成」という点において満足するものがないということが、私たちのプログラムを支持していただいている背景にあることは確かです。

日本でも、これから幼小一貫教育の拡大により幼児教育の在り方が議論されていくことと思います。受験をひとつの動機づけとしながらも本物の幼児教育がなされていくのなら、子どもたちにとっても大変意味のある「幼児教育」のチャンスだと思います。しかし、残念ながら発達段階を踏まえない、系統性のない「過去問ペーパートレーニング」のみの学習によって子どものやる気、子ども独特な発想、伸びる芽が摘み取られていく現実があるのも事実です。

間違った受験対策で子どもをダメにしないよう、親の責任において子どもにとって一番良い教育環境を整えてあげてください。まともな教育こそが、合格を勝ち取る一番の近道です。「受験だから・・・」といって特別な方法がある訳ではありません。情報が公開されない小学校受験だからこそ「合格さえすれば・・」ということで、普通の感覚ではありえない指導がまかり通っていますが、常識的に考えて皆さんがおかしいと感じたことは、どんなカリスマ教師が言おうと間違っています。その判断を保護者がしっかり行わないと、とんでもないことになります。受験を幼児教育の良いチャンスと捉え、系統性のあるまともな学習を心がけてください。

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