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週刊こぐま通信
「知育を軽視する日本の幼児教育が危ない」

海外から後れをとる日本の幼児教育

第1号 2014/1/10(Fri)
こぐま会代表  久野 泰可

 こぐま会での実践を踏まえてつくり上げた「KUNOメソッド」に対し、海外から高い評価を頂き、アジア地域を中心に幼稚園や幼児教室でこのメソッドが採用されはじめています。現在、韓国・中国・香港・バングラデシュ・ベトナムにおいて、現地人や駐在する日本人の子どもたちが、日本と同じカリキュラムで学習しています。今年は、インドでも始まる予定です。オリジナル教具や教材についても大勢の方に支持していただき、韓国においては7,500人の子どもたちが、家庭学習用に使用しています。

日本のように小学校受験もないのに、なぜ多くの人たちがセミナーに参加されるのか。また、セミナー後の質疑応答でも、日本では考えられないくらい大勢の参加者が具体的な質問をぶつけてくるのか・・・、いつも不思議に思っていました。なぜ幼児教育に対する期待がこんなにも高いのか・・・もう7年近く、海外でセミナーを行ってきましたが、最初の頃感じていたそうした疑問が、最近やっと解けたような気がします。その理由は後述するとして、私自身も海外に出て、幼児教育に携わる人たちとの議論や、実際の幼稚園・保育園を見学させていただくことを通して、日本の幼児教育がおかれている現状が客観的に理解できるようになりました。それを一言で表せば「日本の幼児教育はなぜこんなに遅れてしまったのか」という想いにつきます。今あらためてそのことを思うと、そう感じざるを得ない具体的なシーンを鮮明に思い出すことができます。

  • 日本で行われる会議に参加するために頻繁に来日し、日本の幼稚園や保育園の現状をよく知っている著名な大学教授に上海のホテルでお会いし、私達の考えている幼児教育の内容を伝え、評価して頂いた後、私が「日本の幼児教育をどう思われますか」と尋ねたことがありました。その質問に、「これまで、日本の遊び保育はとても良いと思ってきたが、これから優秀な人材を育てなければならないこの国(中国)の幼児教育を考えた時、あんなのんびりした考えではいけないと思うようになってきた。日本の大学教授や文科省・幼稚園・保育園の責任者は、どのように考えているのでしょうか」と、暗に日本の幼児教育の在り方を批判していました。
  • 香港のあるキリスト教系の保育園を訪ねた時のこと。2歳児の子どもたちが、英語やコンピューター教育を受けている現場を見た後、「日本の幼児教育をどう思われますか」と園長に尋ねてみました。日本に何回も来たことがあるようで、幼稚園や保育園の現状をよく知っているシスターでした。開口一番、「本当にゆとりがあって、私もそのような考えでこの園を運営したいと思っていますが、知育を何もしないで遊ばせるだけの保育をやっていたら、明日から子どもたちはこの園に来なくなり、他園に移ってしまうでしょう」と、保護者の教育要求が高く、その要求に応えられるような保育内容を準備しないと、子どもたちは集まらないということを述べていました。
  • ホーチミンのある幼稚園で行った講演会でのこと。私が、「KUNOメソッド」による基礎教育のあり方を映像を使って説明した後、ある母親から、「その教育を受けた子と受けなかった子とでは、将来どのように違ってきますか」という質問を受けました。この質問は、韓国でも、上海でも、バングラデシュでも同じように受けた内容です。KUNOメソッドで教育を受けた子が、受けなかった子と比べて、将来どれほど優秀に育つのかを聞きたかったのでしょう。幼児教育に投資すれば、その効果はどこで現れるのかということを求めてきたのです。

実際に海外の幼稚園や保育園を見学すると、日本のように目標はあいまいではなく、教育によって身につけさせるべき目標はどの国でもはっきりしています。そして驚くことに、40~45分間を1単位として、日本の学校のように1日の授業時間が組まれていて、体操・音楽・英語・コンピューター・思考訓練といった課題が1日の園生活の中に組み込まれているのです。これを最初に見たのは香港でしたが、他国でも同じような考え方で1日の課題が組まれています。日本の幼稚園では考えられない、明確な目標を持った教育が幼児期からなされているのです。

そうした幼稚園の教育の現状や保護者の熱い視線が、なぜ幼児教育に向けられるのか。それにくらべ、日本の幼児教育は、考え方においても、また実践においてもなぜこんなに後れをとってしまったのか・・・それは教育全体にはびこる、「予備校化」意識が背景にあるのではないかと考えるようになりました。小学校は有名中学に行くために予備校化し、中学校は良い高校に行くために予備校化し、高校は良い大学に行くために予備校化し、大学は日本のトップ企業に就職するために予備校化しているのが現状だろうと思います。将来、上級校に行って何を学び、どのような能力を身につけ、どんな仕事に就いて自己実現していくのか。また、その能力を生かし、どう社会貢献していくのかといった視点が全く欠落してしまった結果、入りさえすればそれで完結・・・と言った考え方が支配的です。しかしそうした考えがある限り、幼児期の基礎教育が将来の学習の基礎をつくるという考え方もできないだろうし、発展途上国のように、「教育投資」として幼児期の基礎教育に期待するといった考え方はまだまだ成熟していないのが、日本の現状のようです。

前述したように、アジアの人たちは、受験もない幼児期の教育になぜ熱い視線を送るのでしょうか。上海で行った講演会後の質疑応答で「その教育を受けさせたらどのような効果があるか」と質問した母親の意識の背景には、「できれば、アメリカやイギリスの大学に行かせたい。その大学を出て世界に通用する人材になれば、本人だけでなくきっと一族みんなが幸福になるだろう」という想いがあるのでしょうか。昨年アメリカの難関大学の入学試験に高校卒業後ストレートに受験し、合格したこぐま会卒業生の方の話によれば、「2パーセントの確率で合格できるその大学の外国人の合格者は、今回は、日本人2名、中国人40数名」とのことでした。その話を聞いた時、私の疑問が解けたのです。セミナー後の質疑応答で、「その教育を受けさせたらどのような効果があるか」と真剣に質問してきた母親のまなざしと、中国人の合格者数が日本人の20倍以上いるという現実がどこかでつながったように思います。

教育のグローバル化が叫ばれ、英語だけを使って行う授業や9月新学期が検討課題に上がり、暗記主義の受験教育では優秀な人材は育たないという考えから、推薦入試を取り入れようとしたりする試みが大学教育改革の一環として行われようとしています。大学教育はどうあるべきかという議論はしっかりやってほしいと思います。なぜなら日本の教育は、大学教育が変われなければ改革できないからです。しかし一方で、日本の幼児教育が変わらない限り、日本の子どもたちの学力は向上しないし、その結果として教育全体が変わりようもないと考えているのは、私1人だけでしょうか。

東京都も、世界に通用する理数系の人材を育成するために、数年後に小中高一貫の都立校を作る計画を発表しました。また、多くの自治体で、幼小一貫あるいは幼小連携といった試みも始まっています。今後、いろいろな意味で、幼児教育の在り方に世間の注目が集まるのではないかと思います。意図的な幼児教育が、小学校受験のためと考えられたり、英才教育だからうちには関係ないと思われたりする「貧困な発想」から脱しない限り、近隣諸国から後れをとり、いわゆる「日本教育のガラパゴス化」がますます助長されるような結果になってしまうでしょう。幼児教育の改革こそ急務です。それがなされない限り、日本の子どもたちの学力は向上しないでしょう。

私が学生であった頃参加した研究集会で「なぜ幼児教育が一番下に見られ、施設面でも待遇面でも冷遇されているのか」と感じたその疑問は、40年たった今でも持ち続けていますし、現状は何一つ改善されていません。大学教育の改革よりも、幼児教育の改革の方がどれだけ大事か・・・そのことに教育関係者が気づかない限り、日本の幼児教育はますます他国に後れをとっていくでしょう。

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