週刊こぐま通信
「知育を軽視する日本の幼児教育が危ない」ヘックマン教授の主張を、現場の人間はどう受け止めるか
第43号 2015/6/30(Tue)
こぐま会代表 久野 泰可
こぐま会代表 久野 泰可

「5歳までの教育は、学力だけでなく、健康にも影響する」
「触れ合いが足りないと、子どもの脳は委縮する」

しかし、私たち現場の人間にとってたいへん大事な指摘があります。それは、解説を担当した大竹文雄氏が述べているように、
「ヘックマン教授の就学前教育の研究は、二つの重要なポイントがある。第一に、就学前教育がその後の人生に大きな影響を与えることを明らかにした事である。第二に、就学前で重要なのは、IQに代表される認知能力だけでなく、忍耐力、協調性、計画力といった非認知能力も重要だということである」 (「幼児教育の経済学」p.110)

ヘックマン教授の主張が、幼児教育界に与える影響が大きいだけに、間違った理解にならないようにしなければなりません。以前、井深大氏が「幼稚園では遅すぎる」(サンマーク出版)という本を書き、それがきっかけになって一種の幼児教育ブームが起きました。さまざまな試みが行われましたが、いつしかブームは去ってしまいました。内容抜きの主張では、結局のところ長続きしませんでした。幼児教育の重要性は、昔から言われてきたことですが、問題はその内容です。それが確立しないまま、現在に至っているのが、日本の幼児教育界の現状だと思います。国がその重要性を認識し、制度面の改革が進めば、さまざまな教育内容が議論されるはずですが、今の流れを見る限り、「読み・書き・計算」を幼児期の早いうちからすれば良いというきわめて短絡的な結論になりそうです。入学後から始めるべき「読み・書き・計算」が幼児期から行われるようになったら、新たな問題が起きることは目に見えています。「読み・書き・計算」は学力の基礎として大事です。しかし、幼児期にはその前にやらなければならない学習がたくさんあるのです。
井深氏は、「人生は3歳までに作られる」と主張しました。ヘックマン教授は、「5歳までの教育が、人の一生を左右する」と主張しています。しかし、「幼児教育は大事だ」と叫んでも、具体的な教育内容が伴わない主張は、どこかでゆがんで理解されていきます。ヘックマン教授の主張に応えるためにも、教え込みの教育を排除し、幼児の発達に見合った基礎教育の内容を構築していかなければなりません。そして、これからますます重要視される「非認知能力」を育てるために何をなすべきか・・・、保育の現場で実践を積み重ねていく必要があります。
