ページ内を移動するためのリンクです
MENU
ここから本文です
週刊こぐま通信
「室長のコラム」

生活の中で学ぶ (1)

第859号 2023年6月9日(金)
こぐま会代表  久野 泰可

 幼児期の子どもたちの遊びや生活が将来の学習の基礎になっていることは、誰が見ても疑いようのない事実です。しかし学びは、教室に先生がいて、教材が準備されていて・・・という皆が体験してきた情景を思い起こしやすく、遊びと勉強を分ける傾向がよく見られます。しかしそうでしょうか。子どもは、生まれた瞬間から外界への働きかけによってさまざまなことを学び、言語の発達に支えられて、「考える力」が身についていきます。一方で、教室での授業を通して子どもの様子を観察しているとよく感じることがあり、それは新しい学習課題をすぐに理解できる子と、どんなに説明しても理解できない子がいるという現実です。「理解の差は何によってもたらされているのか」を考えざるを得ない瞬間がたくさんあります。

私たちが実践しているKUNOメソッドは、意図的環境を準備するかどうかに関係なく、子どもたちが必要に応じて行っている「量の体験」「数の体験」「図形の体験」をもとにしながら、そうした経験を将来の学習の基礎としてしっかり定着させていくために、事物教育を中心に教室での授業を実践してきました。遊びの持つ教育的な意味を最大限ご家庭に伝え、そうした日常での体験を大切にし、学ぶ意欲を育てていただきたいとお願いしてきました。

では一体どんな経験が学習の基礎になっていくのでしょうか。私がメソッドを構築するために理論的な背景とした先人は大勢いますが、中でも一番大切にしてきたのはピアジェの発達理論です。また、実践内容を構築するために参考にしてきたのは、遠山啓氏の「原教科」の考え方です。ピアジェは生物学の発想を用いて、自身の3人の子どもを生まれた瞬間から観察して理論を構築してきました。特に0歳から2歳までの「感覚運動的段階の知能」の分析は見事です。私もピアジェの発達論を参考に、孫が生まれてから子どもの成長を具体的に見ようと観察してきました。自分の子どものときには、とても成長を観察するゆとりなどありませんでしたが、孫たちの成長を観察していると、いろいろな発見があってとても大きな学びがあります。

孫の一人は、近所に線路や踏切のある環境で育ったため、0歳から電車に大変興味をもって育ちました。毎日駅や踏切の前に立って電車を観察し、家にはプラレールがあり、自分の経験を投影しながら遊んでいます。まだ言葉を発することができない1歳過ぎごろには電車のことを「で・で・で・・・」と表現していましたが、少し成長すると、「早い電車」・「遅い電車」・「赤い電車」・「長い電車」と表現するようになり電車をとおしてたくさんの言葉を覚えていきました。遊園地に行くよりも実際の電車に乗ることが好きで、2歳からスタンプラリーなどを父親と一緒にやっていました。自分の経験を定着させるために図鑑を与えると、見てきた電車の名前を覚えたり、電車の顔を見ただけで、○○線と言えたり、会うたびに電車に対する理解が深まっています。明けても暮れても電車です。東京近郊を走る電車にはほとんど乗って名前を覚え、路線図を見ながら読めない漢字を何と読むかを聞きながら、ほとんどの駅の名前を順番に言えるようになりました。3歳の夏に一緒にスタンプラリーをやっている際に、こんな質問をしました。

「代官山から品川に行くにはどうしたらいいの?」
「まず恵比寿まで歩いて行って、そこから山手線に乗れば行くよ」
「でも山手線が止まってしまったらどうしよう?」
「そうしたら、東横線で自由が丘まで行き、そこから大井町線で大井町に行って、そこから京浜東北線で品川に行けばいいよ」
「他にも行く方法はあるのかなあ?」
「代官山から副都心線で新宿三丁目まで行き、新宿から山手線で品川に行けばいいよ」

路線図が頭の中に入っているのか、いくつかの行き方を自分で構成し話してくれるのです。決して教え込んだ結果の回答ではありません。男の子は、恐竜か電車に興味を持つ子が多いようですが、世の中には本当にたくさんの電車にまつわる動画が配信されているのに驚きます。また、孫の影響で私もたくさんの電車に乗ったり、動画を見ていると、本当にいろいろな形やいろいろな色の電車が走っているのを改めて知り、これは大人にも楽しいものだなと思うようになりました。

時々、JRをまたぐ歩道橋につれていき、走っている電車を上から見させてきましたが、橋の上から山手線の運転手さんに手を振ると、警笛を鳴らしてくれたり、手を振ってくれたり、子どもにとっては楽しい経験です。そんな孫に影響されて電車関係の本を見てみると、たくさんの図鑑や絵本、それに小学生低学年の算数や国語の問題集にも電車が登場しています。自分が子どものときには知らなかった世界がここにあるんだなとうらやましくも思ったりします。私は何よりも本物の経験が大事だと思い、映像や図鑑を見せる前に実際に経験させるように両親にも伝え、私自身も時間がある限り、いろいろな電車に乗せてきました。

先日4歳の誕生日を前に、高尾山まで連れて行きました。最近は、多くの私鉄で指定席のある特急が走るようになりました。京王線の明大前駅のホームで指定席を買い、高尾山口までノンストップで行く京王ライナー「Mt.TAKAO号」に乗りました。初めて乗る京王ライナー、初めて行く高尾山、孫がどんな言葉を発するかをつぶさに観察してみました。

駅で大勢の人がおりてくるのを見て「今日はなぜこんなに人が多いの、何かあるのかなあ」
「ホームドアがある駅とない駅があるのはなぜなの」とつぶやいたり
明大前駅で降りてホームを歩いているとき「じいじ、この駅素敵だねー」
「なぜ?」「だってホームにお花屋さんがあるんだもの」
高尾山口で降りて、ケーブルカーの乗り場の方に歩いていくときお店が一杯並んでいるのを見て「今日はお祭りみたいだね」
傾斜角度が31度もある下りのケーブルカーの先頭に座って走る方向を見ながら
「なんか滑り台みたいだね」

どんな子も何気なく発する言葉を見てみると、子どもは外の世界をいつも観察し、比べています。今見ているものだけでなく、以前経験したことと比較をしたりすることもあります。こうした何気ない経験を豊富に身につけていくことで、伸びしろのある子に育っていくのではないかと私は思っています。大人が教えなくても子どもは自ら学んでいる。そのためには、外界と接する機会をどれだけたくさん持てるかが大事であり、その経験の差が、初めての課題に対する取り組みの違いになってあらわれてくるのではないかと考えています。

おとなが知識や型を教え込む前に、子ども自身が学ぶチャンスを周りの大人がどう作ってあげるかが大事です。主体的な学びはそこが始まりのように思います。私が提案した「幼児期に大切な10の思考法」の中で、最初に掲げた「物事の特徴をつかむ」「いくつかの物事を比較する」ことこそ、日常の生活経験の中で身についていくものだと思います。最近、子ども時代の体験格差が将来の学力差につながっていて、それが親の年収差に由来しているという報告がなされています。しかし、普段の生活の中でいろいろ工夫すれば、事物とのかかわり、他者とのかかわりの中で、お金をかけなくてもできる経験はたくさんあるはずです。誰もが経験する遊びや生活を充実させ、その中でちょっとした瞬間を見逃さず、声掛けをしてあげることが大事だと思います。遊びや生活経験の中で、子どもがどう育っているのかを見る眼を我々おとなが身につけているかが問われます。ありふれた日常も子どもにとってはかけがえのない経験として蓄積しているはずです。ぜひ親子で街の空気を吸いながら、手をつないでゆっくりとお話をする時間を少しだけでも作ってあげてください。特に、自家用車をお持ちで小さなお子さまのいらっしゃるご家庭では、便利な移動手段として生活の中で車を使われる機会が多いかと思います。しかし、それが外界から子どもを遮断してしまうことになってしまっていないでしょうか。寺山修司の名著『書を捨てよ、町へ出よう』ではありませんが、「車を捨てて、街を歩こう」を幼児期にこそたくさんさせてください。いろいろな体験ができるはずです。



代官山 蔦屋書店にて開催 トークイベントのご案内
「SAPIX × こぐま会 『小学校?中学校? 受験のススメ』」
変わりつつある受験の現状とは?/生活・遊びの中から学びにつなげる/伸びしろのある子は何が違う?/受験でこそ育つ力/正解より「過程」が大切
日程:2023年6月11日(日)10:00~11:30
ご参加には事前予約が必要となります。
「DAIKANYAMA T-SITE」Webサイトよりお申し込みください。
 「DAIKANYAMA T-SITE」Webサイト


 こぐま会代表 久野泰可 著「子どもが賢くなる75の方法」(幻冬舎)

読み・書き・計算はまだ早い!

家庭でできる教育法を一挙公開
子どもを机に向かわせる前に実際の物に触れ、考えることで差がつく。
  • 食事の支度を手伝いながら「数」を学ぶ
  • 飲みかけのジュースから「量」を学ぶ
  • 折り紙で遊びながら「図形」を学ぶ
  • 読み聞かせや対話から「言語」を学ぶ
お求めは、SHOPこぐまこぐま会ネットショップ 全国の書店・各書籍ECサイトにて

PAGE TOP