ページ内を移動するためのリンクです
MENU
ここから本文です
週刊こぐま通信
「室長のコラム」

「子どもの自主性を育てるために」

第710号 2020年2月21日(金)
こぐま会代表  久野 泰可

 小学校受験において、「合格するのはどのようなタイプの子どもですか」とよく質問されます。それは、学力だけでは合否が決まらない小学校受験で、何が最後の決め手になるのかを知りたいという保護者の皆さまのお気持ちとしてうなずけます。行動観察や面接試験の評価が最後の決め手になるのではないかと考えるのも当然です。そうした質問に対して、わたしたちは、きわめて抽象的な言い方ですが、「自分考え、判断し、行動できる子」が望ましいと答えてきました。学校側がある決まったタイプの子どもだけを集めてしまったら、それは集団教育の場としてはあまりいい環境ではありません。いろいろなタイプの子どもがいてこそ学校が良い環境になるというメッセージを保護者の皆さまに送り、だからこそ「その子らしさ」が必要だと強調しています。

慶應義塾横浜初等部 2013年度学校説明会 配布資料
『横浜初等部の入学試験に当たって』より

「〔前略〕
 私立小学校を受験する子供たちの多くが、そのための準備に多くの時間を費やしていることも事実です。特に、横浜初等部の場合には、開校初年度故に、入学試験の過去の事例がありませんし、試験日程等の概要の告知も神奈川県の設置認可が得られてからの8月になりました。それだけに、これからの短期間に、初等部を志願する家庭と子供たちがいわゆる受験産業の様々な指導や根拠の無い噂によって一層振り回され、日常のありのままの姿にこそ見られる筈のその子供の良さが失われることにならないよう願っています。
〔中略〕
 また、人間には様々な性格と個性があります。そして、それぞれに応じた行動様式があります。どうか子供のそれを大切にして欲しいと思います。例えば、一見、活発で、真っ先に行動する子供はその積極性は望ましいのですが、時に、じっくり考えたり、根気強く取り組む習性に乏しい場合があります。一方で、一見、積極性に欠けて反応が遅いと思われる子供の中にも、一人で一つのことに時間をかけて黙々と取り組む力を持った子供がいます。学校は、様々な性格と個性、そして行動様式の生徒が混在してこそ、魅力的な教育環境が作られると考えています。全てが同じような行動様式の生徒である学校ほど気味の悪いものはありません。子供一人一人が、その性格や個性が大切に育まれ、それに基づく行動が良い方向に発揮されるようになることが大切なのです。その意味からも、入学試験で望ましいとされる表現型を指導されているうちに、その子らしさを摘みとってしまい、不自然な接ぎ木のようにならないよう、心に留めて頂きたいと思います。」

ですから、どんなタイプであれ「自主性のある子ども」と表現した方が適切だと思います。では、自ら判断し、行動できる子を育てるにはどうしたらよいのでしょうか。これは日々の家庭生活での課題であるし、特に保護者さまとお子さまとの関係がどんなものであるかによって決まってきます。特に母親と子どもの日常的な関係づくりが子どもの自主性の育成に大いに関係があるように思います。セミナーでも、子どもと母親との関係を表す象徴的な場面について紹介することがよくあります。それは、教室の送迎の際の母親の子どもへの対応の仕方です。授業開始までに入室する際の様子を見ると、母親と子どもの関係や、母親の子どもに対する気持ちが読み取れます。
  1. 入室して担任がいることが分かれば、「行ってらっしゃい。がんばってね」と言って教室を立ち去る母親
  2. 上履きに履き替え、シールを貼るまで待ってから、子どもが「行ってきます」と言った後「がんばってね」と励まし退室する母親
  3. コートを脱ぎ、上履きに履き替え、シールを貼るまでに「早くしなさい」を何回も繰り返し、評価表を先生に渡す際のファイルの向きを指示し、椅子に座るまで心配で心配でならない母親。時に座った後も「お手洗いに行きなさい」と指示し、帰ってくるまでじっと待ち続け、座ったのを見てから安心して退室する母親
  4. その上、授業が始まるまでガラス越しに子どもの様子を伺い、時に何らかのサインを送る母親
短い時間の出来事ですが、母親の子どもへの信頼感、母親と子どもとの関係が手に取るようにわかります。子育てに熱心であればあるほど、子どもの行動に目を光らせ、何か好ましくないことがあればその場ですぐに指摘し、時に叱りつけてでも直させようとする母親も多くみられます。特に受験でお行儀を見られるのではないかと誤解している母親がこうした行動に出がちです。こうした行動が日常的に行われると、子どもは判断の基準を母親に求める結果になります。また母親の目を気にして、叱られなければいい、叱られないように母親がいるときは静かにいい子でいて、母親がいなくなったら解放されたように動き始める・・・といった子どもも見られます。これでは、子どもが自分で考え行動するチャンスがなくなり、自主性が育つきっかけをわざわざ大人が奪ってしまっているということになります。その結果、年齢相応に自分で判断できなくなってしまうのです。学習面においても、母親の厳しい目を感じ取っている子は、丸がもらえないとお母さんに叱られるということで、丸をもらうために分からない問題は隣の子の答えを移せばいいと考え、きょろきょろし始めるのです。出来不出来に対して相当プレッシャーを感じている子どもが大量に生まれ、自信が持てないから勉強は楽しくない・・・ということになるのです。

ところで皆さま、「ヘリコプターペアレント」という言葉をご存じですか。私も最近ネットでたまたま見つけた言葉で、上空を旋回するヘリコプターのように、子どものそばで行動を管理し、干渉し続ける親のことを指して言っているようです。モンスターペアレントほど認知度は高くありませんが、子育てにおいて自主性を損なう、やりすぎ育児になってしまう危険性があると警告しています。きめ細やかさとはまったく意味が違います。子育てに熱心であればあるほどこうした傾向に陥りやすく、結果として自主性を育てるチャンスをみすみす摘み取ってしまっているのです。

学習面においても同様です。早く難しい問題ができるようになってほしいという気持ちが先行すると、年中の時期から過去問を解かせる親が出てきます。1年後にできればいい問題を1年も前倒ししてできるはずはありません。そんなことは冷静に考えれば分かるはずなのに、今の受験教育は子ども同士を競わせ、それだけでなく親同士も競わせて、学習の動機付けにしようとする良くない風潮が見られます。子どもが集団で学習している場面を親に見学させ、親が子どもを監視し、親同士を競わせ、できないところを徹底して教え込むことが受験対策だと考えている方が少なからずいます。先生の指導法を家庭に伝えるならば、ビデオでも撮って見てもらえば十分です。子どもの学びの場に親が参加すること程、子どもにとって非教育的なことはありません。そのうえ、満点を取った子にものをあげて表彰するなどという、学校関係者にとっては信じられない光景が日常的にみられるのが現実です。
だからこそ、先日行われた学校・塾の関係者が集まったセミナーの場で、私立小学校の校長先生、入試担当の先生方に、そうしたことは学校側が求めているものではないとはっきりメッセージを送ってくださいとお願いしたのです。子どもの学ぶ意欲や自主性を育てる幼児期にこんな受験教育をしていたら、日本の子どもたちに身につくはずの財産を失ってしまう結果になりかねません。面接試験を重視しているのは、ひょっとしたらこうした背景を学校側はすでに把握しているからなのかもしれません。懇親会の席で、わたしの意見に賛同していただいたある学校の先生は、面接で「お母さんに褒められるときはどんな時ですか?」と質問した時に「お勉強で100点をとった時」と答えた子は、間違いなく不合格になるでしょうと仰っていました。生活のすべてが受験勉強だというような「貧弱な家庭生活」になってほしくないと考えているのでしょう。入試を担当する先生方は実にまともな普通の考え方を持ち、決して受験が特殊な勉強を必要としていると考えているわけではありません。受験対策の教育をゆがめているのは、実は受験をビジネスだと割り切って考えている受験業界かもしれません。

子どもの自主性を育てるために、親子関係をもう一度見直してみてください。受験だから・・・と逃げてしまわないで、子どもの将来にとって大切な親子関係を今からしっかり築いてください。子どもをひとりの人間として、またひとつの個性として認め、親子がともに成長する関係を築こうとすれば、子どもを干渉し管理しようという発想は出てくるはずはありません。「他人と比較しない」「子どもを信頼する」「あせらず時間をかけて待つ」こんなちょっとした心がけでゆとりが生まれれば、ヘリコプターペアレントになることはないでしょう。子育てをひとりで背負い込まないで、父親の子育て参加を求めれば、きっとつらいことも乗り越え、子育てが楽しくなるはずです。受験対策も同じことです。

PAGE TOP