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週刊こぐま通信
「室長のコラム」

受験対策を「訓練の場」から「教育の場」に

第709号 2020年2月14日(金)
こぐま会代表  久野 泰可

 小学校受験情報サイト「お受験じょうほう」(https://www.ojuken.jp/ )を運営している株式会社バレクセル主催のセミナーがありました。このセミナーは、小学校の入試担当の先生方に2020年度入試の総括をさまざまな角度からお伝えする会です。塾側からもこぐま会を含め4社の責任者が参加しました。塾側からは保護者の立場から入試の動向を学校側にお伝えするよう要請され、それぞれの塾から入試の全体像を明らかにする報告がありました。私に与えられた任務は、2020年度の入試問題の傾向についての分析でした。このセミナーには4年ほど前から参加していますが、毎年参加する学校が増え、他校の事例報告を参考に入試改革を行っているようです。
私は今回の入試問題の中から「考える力」を求める良い問題を4つ紹介し、どんな点が評価できるかを分析しました。今回紹介したのは次の問題です。

1. 図形構成(丸形のおり紙を使って)
  • たくさん用意された丸いおり紙を使って、台紙にかかれた見本と同じ形を作る。
  • 丸いおり紙は折っても、重ねても、ちぎってもよい。使う枚数に制限はなし。
  • できたら台紙の見本の形がかかれたお部屋にそれぞれ置く

2. しりとり
(例)のお部屋を見てください。ここにある絵はしりとりでつながります。「つき−きつね−ねずみ−みみ」とつながって、最後になった「みみ」にがついています。
  • 同じように横に並んでいる絵をしりとりでつないだとき、最後になる絵にをつけてください。

3. 数の増減とやりとり
  • クマ、イヌ、パンダが持っているりんごの半分の数を、同時に矢印の方にいる動物にあげます。2回、同時に矢印の方にいる動物にりんごをあげたとき、パンダが持っているりんごの数はいくつになりますか。下のお部屋にをつけてください。

4. 回転推理
上の絵を見てください。この2つの形は歯車のように回ります。今サルとブドウが隣り合っています。
  • 動物のお部屋が矢印の向きに1周してもとの場所に戻ったとき、サルと隣り合うものはどれですか。右から選んで青いをつけてください。
下の絵を見てください。この3つの形も歯車のように回ります。
  • 乗り物のお部屋が矢印の向きに1周してもとの場所に戻ったとき、右下の矢印のところには何がきますか。右から選んで青いをつけてください。

1. の折り紙の問題は個別テストの形式で行われましたが、正解は一つだけではありません。折り紙を折ったり、切ったり、ちぎったり、重ねたりして見本と同じ形を作ればいいわけですから、いろいろな方法が考えられます。子どもなりの発想で試行錯誤し、形を完成させる問題です。教え込まれてできるものではなく、自分自身で考えて作業する必要があります。ですから、日常的に試行錯誤する経験、作業する経験が問われます。このような正解が一つではない問題への対応力こそ、今大学が入試で求めようとしている能力です。これからの入試問題で増えていく出題方法だと思います。ペーパーテストでは出題しづらい内容ですが、ぜひこうした問題が増えていくことを願っています。

2. の「しりとり」は小学校入試では定番になっていますが、工夫された良い問題です。最初も最後も分からないしりとりを、順序を考えて解く問題です。一見やさしそうに見えますが、実は子どもにとっては相当厄介な問題です。しりとりというありふれた言葉遊びを通して「考える力」を問うもので、入試問題としてとてもふさわしいと思います。

3. の数の変化を捉える問題は前回のコラムでも紹介しましたが、三者がそれぞれ持っている数の半分だけを相手に渡し、相手からも半分だけもらうという約束で、それを2回行ったときの数の変化に着目する問題です。あげる・もらうという正反対の行動を2回繰り返すことによって最後はいくつになるかが問われます。2つの視点から同時に考えなくてはならないため難しいですが、どのように変化するかを考えながら作業能力が求められる良い問題だと思います。

4. の歯車の問題は、回転に関する問題として出題されるのは予想できましたが、よく考えられていると思います。歯車の数ではなく、半径を変えることによって円周の長さを変え、分割する数を変えることによって部屋1つあたりの「弧」の長さを同じにし、回転したときに接する絵が変わっていくという組み立てになっています。また、2問目は真ん中に歯車を1つ追加することによって回転の向きを変える役割を果たしています。理科的常識が絡むかなり高度な問題で、実際にどれくらいの子どもができたのか分かりませんが、「考える力」を問う良い問題だと思います。

以上、4問をご紹介させていただきましたが、この他にも大変良く工夫された問題がたくさんありました。その意味で、機械的なトレーニングでできてしまう問題はほとんどありません。各学校とも問題づくりに相当力を入れていることが伺えます。

私は、こうした「考える力」を問う問題をたくさん出題してほしいとお願いした一方で、学校側の情報未公開の現状によって、受験のための準備教育が相当混乱している現実をお伝えしました。その上で、学校の先生方が、準備教育の現場で今何が問題になっているのかをあまりご存じないのではないのではないかとお話ししました。小学校側も、早い段階で塾向けの入試説明会を行っています。私も長く実践活動に取り組んできましたが、今日のように塾と学校がこれほど近い存在になるなどとは予想もできませんでした。逆に言えば小学校側も、子どもたちは幼児教室に通った上で受験すると予想し、幼児教室を通して大勢集めたいと考えているのです。実際は、どこの教室にも通わないで受験する子どもたちも少なからずいるはずですが、学校側は幼児教室を通してメッセージを送ろうと考えているようです。私は、学校が塾を相手に教育方針や入試に関する情報を流すことに異論はありませんが、そうであるならば、一体幼児教室でどんな学習をしているのかを学校側も知っておく必要があると考えています。「まともな教育」とはかけ離れた厳しい訓練をし、それが合格のために必要だと言われ、毎日何十枚というペーパーを子どもに課しているような受験準備の実態を目にした時、学校の先生方はどのように感じるのでしょうか。賛同する先生は1人もいないはずです。それがまかり通っている現状を知らずに、塾に生徒集めの一端を担ってもらおうと考えているとしたら、その罪は重いと思います。

あまりにもまともな幼児教育とかけ離れた受験対策がなぜ行われるかといえば、その最大の理由は学校側が入試情報を公開しないからです。何人受験し、何人合格を出したのか。補欠合格は何人とったのか。学力試験でどんな能力を求めているのか。行動観察で何を評価しているのか。学校側が求める家庭像とは何なのか・・・学力試験で成績が良い順に合格者を出さないのなら、学力以外にどんな力が必要なのかを説明していただきたいと思うのは多くの受験生の願いです。倍率さえも教えてくれない学校が多いのはなぜでしょう。情報公開の時代にあって時代の流れに逆行する小学校受験は、一体何を守ろうとしているのでしょうか。縁故関係が強いと言われたり、寄付金が問題になったり、小学校受験をめぐる黒い噂は今でもあります。情報を隠せば隠すほど、その疑念は深まるばかりです。私がこの仕事に携わり始めた48年前と何ら変わらないこの体質が続く限り、小学校受験を希望するご家庭が増えるはずはありません。

私は、100名近い学校の先生方のいる前ではっきりとお願いしました。
「幼児教室で行われている訓練の実態を見てください」「子どもたちの成長にとって良くないものならば、それはいけないとはっきり言ってください」「訓練の場になった受験教育が子どもの意欲を育てるのに弊害があるならば、はっきりNOというメッセージを送ってください」「2年、3年もの長い時間と莫大なお金をかけて行っている合格のための訓練が、本当に小学校に入ってからの学力形成に生きていますか。私にはそう思えませんが、いかがですか・・・」

受験のための準備教育がペーパートレーニングを中心とした教え込みの訓練の場になっている現状を変えない限り、入試を経験してきた子どもたちの学力や学ぶ姿勢に何らかの問題が必ず起こってくるはずです。幼児教育の大切さが叫ばれ、多くの人々の関心が集まっている今こそ、受験教育を訓練の場にしてしまってはいけません。受験教育を本来の幼児教育の場にすることが、これからの時代を担う日本の子どもたちのために必要です。

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