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週刊こぐま通信
「室長のコラム」

二世代にわたって

第685号 2019年8月2日(金)
こぐま会代表  久野 泰可

 幼児教育に携わって47年が過ぎ、多くの卒業生を私立・国立小学校に送り出してきました。渋谷での教育活動が11年間、こぐま会を創設してからは36年間、毎日子どもたちの指導にあたる一方で、「ひとりでとっくん」100冊セブンステップスカリキュラムを作り上げ、KUNOメソッドを完成させてきました。現在も子どもたちの取り組みを見ながら、カリキュラム・教材に修正を加え、質の向上に努めています。この作業はきっと私が現場を離れるまで続くはずです。70歳を超えてもまだ現場にこだわり続ける理由は、子どもたちのいる場から「ものごと」を発想しないと、新しいものは生み出せないと考えているからです。

夏季講習会が始まり、教室移動のエレベーターの中や建物の入り口付近で「先生お元気そうですね、昔となにも変わりませんね」と声をかけてくださる付き添いの方が大勢いらっしゃいます。お名前を覚えていても顔を思い出せない自分に、やっぱり年をとったなと感じることが多くなりました。卒業生のお子さまが大勢通ってきてくださっているのです。昔と違って働く女性が増えた関係で、夏季講習会の送り迎えは、お母さまに代わっておじいさまやおばあさまが付き添って見えるケースが多く見られます。その中に、卒業生のお母さま(つまり現在通われているお子さまにとってはおばあさま)が大勢いらっしゃり、私を見かけると声をかけてくださるのです。「ちゃんのお母さまは今おいくつになりましたか」と尋ねると、「41になりました」「もうそんなに経ったんですね」・・・こんな会話が続きます。

1983年に恵比寿で開校したこぐま会も、今年4月で36周年を迎えましたので、第1期生はすでに40歳を超えている計算になります。子育て世代の真っ只中で働きながら小学校受験を目指すご家庭が増え、卒業生のお子さまが通い始めてもおかしくはないのですが、最近なぜか目立つようになりました。5歳くらいのことはきっと思い出すことはできるでしょうから、母親に連れられて通った幼児教室のことも覚えているはずです。本人が母親になって、自分の子どもの受験に際し、自身が学んだ「こぐま会」に預けようと通塾されていることは本当にありがたく思いますし、小学校以降の学習に「事物教育」「対話教育」が役立ったと、きっと感じてくださっているからだと思います。

思考力を育てる教育は、そんなにすぐに結果が出るわけではありません。アメリカの「ペリー幼児教育計画」のように、10年、20年、30年・・・とその子の成長を追いかけることができれば、いわゆるエビデンスも取れるのだと思いますが、そうした組織だった研究体制もありませんし、そもそも、幼児期の教育だけでこうなりました・・・というのも短絡的な発想だと思っています。海外で行う講演会の質疑応答の時間に決まって出てくる質問は、「こぐま会の教育を受けた子と受けなかった子では、20年後どう違ってきますか」のような教育効果に関する質問です。ピアノが弾けるようになった、100メートル泳げるようになった、バレエが上手になった・・・といった具合の、何か目に見える形で教育効果が表現できればいいのですが、「考える力がどう身につき、その結果どうなったか」を表すことは非常に難しいものです。私たちの教育だけで成長していくわけではありませんので・・・

実際、卒業生の多くが難関大学に合格し、社会に出て活躍されている様子がたくさん報告されています。特にこぐま会の卒業生は、医師や弁護士を目指す子どもが多く、その方面で活躍されている若手が大勢いらっしゃいます。そうした実際の姿を見て、先ほどの教育効果に関する質問に対しては、「学びが学びを呼んで、こぐま会で学んだことが将来の学習に生かされている」と説明することにしています。「学びが学びを呼んで」はジェームズ・ヘックマン氏の考え方で・・・だからこそ「5歳までの教育が人間の一生を左右するかも知れない」という仮説を出したのでしょう。次のステップに行くためのレディネス・・・これを育てるのが幼児教育だとすれば、人間が認識能力を高めていく方法は、「事物教育」と「対話教育」しかありえません。そのことは、ピアジェもはっきり述べています。

-- 人間の認識能力は、物事に働きかけ試行錯誤することによってしか身につかない --

先日あるセミナーで、「卒業生のお母さまは、こぐま会のことをどう思われてご自分の子どもを預けに来られるのでしょうか」という質問を受けました。「『細かいことは覚えていないけれど、ともかく楽しかったから』とよく伺います」とお答えしました。

たくさんのメソッドが乱立する中で、子どもの能力開発を信じ、1歳の頃からさまざまな知能開発を行ってきた子が小学校高学年になってどうも思ったように伸びない・・・という現実が多くあるようです。私も、ある私立小学校の先生から「あれだけ受験勉強をしてきたのにも関わらず、低学年の学力が落ちている」という話を伺いました。
記憶力を高めたり、計算が早くからできるようにしたり、右脳教育をしたりすることが本当に将来の考える力の育成につながっていくのかどうか。一度冷静になって考えてみたほうがいいかもしれません。私が知る限り、今のシンガポールで、こうした能力開発の教育の成果に対し、すでに結論が出ているように思います。だからこそ、政府が加熱した今の教育の現状を変えようと、いろいろな政策を考えているようです。右脳を刺激したり、計算トレーニングをしてある程度の効果が見られても、一番大事な「主体的に学ぶ姿勢」が育っていなかったことが、小学校高学年になって、または中学校に行ったときに「こんなはずではなかった・・・」となるのです。その意味で「楽しく通った」という感想は大事です。アクティブ・ラーニングが盛んに言われている現在、主体的な学びは楽しくなくては成り立ちません。幼児期にこそ学ぶ楽しさを身につけ、主体的な学びを通して自立した学習が行われることが大事です。無償化問題も含め、にわかに幼児教育ブームが到来しているように思います。ビジネスチャンスとばかりに、起業家が投資対象として幼児教育産業に参入してきています。理念なき教育ビジネスは、必ず破綻します。何が本物で何が偽物かを見抜く力がないと、情報過多の時代における子育てに失敗するかもしれません。

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