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週刊こぐま通信
「室長のコラム」

なぜ事物教育が大事なのか

第855号 2023年5月12日(金)
こぐま会代表  久野 泰可

 5月3日に行ったセミナーは「年中から始める小学校受験対策」と題し、どんな考え方で受験対策を進めていけばよいのかを、これまでの指導経験を踏まえてお伝えしました。幼児期の基礎教育を充実させて受験に臨むべきだというこぐま会の方針をお伝えする中で、学習内容だけでなく、教育方法についても具体的にお話しいたしました。実はこの教育方法が、受験対策の在り方をめぐって大きな問題になっています。教育成果の見える化を急ぐあまり、子ども自身に考えさせないで解き方を教え込んだり、考えるプロセスを問わず結果さえよければ何でもありとする教育が早い時期から行われています。ここを正さないと、子どもの将来にとって取り返しのつかない結果を招くことになってしまいます。学ぶことの楽しさや学ぶ意欲を育てなければならない幼児期にあっては、受験対策といえどもまともな方法で教育すべきです。教え込みの教育では「自分で考え、判断し、行動できる子」を育てることはできません。

幼児期の教育方法として私たちが大事にしていることは、「事物教育」「対話教育」の2つです。特に事物教育の大切さについては、事物かペーパーかといった使う素材の議論ではなく、子どもたちの認識能力を高めるために、物事に働きかける経験をたくさん持たせることが大事だと考えています。「KUNOメソッド」はピアジェの認識発達論をベースに構築してきましたが、最近『ピアジェの構成論と幼児教育 I - 物と関わる遊びを通して -』(大学教育出版,2018)を読みなおし、当初気づかなかった文言に改めて注目させられ、私たちの実践が間違っていなかったことを実感しました。この本は、遊びの内容を分析し、それを教育にどう生かすかといった実践的な内容ですが、理論的な背景が明確になっていて、私たちが実践内容を工夫するうえでとても参考になります。

この本の中で私たちが注目しているのは、ピアジェが知識の源によって、知識を「物理的知識」「社会的(慣習的)知識」「論理数学的知識」の3種類に区別したことです。物理的知識と社会的知識の源は個人の外部にあり、それに対して論理数学的知識の源は、個人の内部(頭の中)にあるという点です。論理数学的知識は、個人が頭の中につくり出した関係づけから構成されるもので、分類・順序づけ(系列化)・数量的関係づけ・空間的関係づけ・時間的関係づけの5つの側面に分けています。考える力の源泉は個人の内部にあり、5つの関係づけによって構成されているという点は、こぐま会の指導方針の理論的な支えとなっています。算数科につながる「未測量」「位置表象」「数」「図形」の4領域は、5つの側面に符合していますし、関係づけによって個人の内部に論理数学的知識を構成し、蓄積していくという発達論は、私たちが重視する「事物教育」の方法論を支持してくれるはずです。

私たちは子どもたちの認識能力を高め、その内部に蓄積していく指導法として「3段階学習法」を実践しています。1時間半の授業時間を大きく3つの学習スタイルに分け、集中力を持続させ、同時に具体から抽象への橋渡しを行うことを心掛けた方法です。3段階学習法を簡単に図式化すると以下のようになります。


一つの学習テーマを、体を使い、手を使い、頭を使って学習し、集中力を途切れさせない工夫をしてきました。外国から授業参観に見える多くの教育関係者が、最初は「5~6歳児が1時間半も集中して授業に参加することは考えられない」と言いますが、参観を終えてその疑問が晴れたと驚きます。物事を理解する道筋を踏まえ、子どもが自分の頭の中に知識を構成していく順序を踏まえれば、1時間半の授業でも子どもたちにとって「もう終わりなの?」という言葉に象徴されるように、楽しく集中できる時間なのです。

この3段階学習法で、事物にかかわる時間を保障できるのは、2番目の「手を使って行う個別学習」です。みずから物事に働きかけ、答えを導き出すために試行錯誤するこの時間こそ、その後に控えるペーパーワークの基本を身につけるチャンスであるし、「考える力」が育つ一番大切な時間です。しかし、限られた時間の中で成果を見える化するために、この個別作業の時間を端折ってすぐにペーパーに取り組ませ、型を教えてしまった方が効率的だと考える人たちが少なからずいます。「受験」という幼児教育に対する最大の動機づけがありながら、これでは子どもたちの思考を育てることにはなりません。これは、上級学校に行っても同じことが言えるはずです。

AI時代だからこそ、物事に触れ、働きかける経験が今までにも増して大切です。人間の創造活動を支える力は、教え込みの教育によって育つことはありません。新しい価値を創造できる担い手に育つためには、幼児期からの事物教育はますます重要になってくるはずです。



 こぐま会代表 久野泰可 著「子どもが賢くなる75の方法」(幻冬舎)

読み・書き・計算はまだ早い!

家庭でできる教育法を一挙公開
子どもを机に向かわせる前に実際の物に触れ、考えることで差がつく。
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