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週刊こぐま通信
「室長のコラム」

「聞く・話す」を大切に

第847号 2023年2月24日(金)
こぐま会代表  久野 泰可

 「読み・書き・計算が大事だ」といわれるように、国語の基礎として「読む力」「書く力」が大切であるという認識は昔からありました。そのため、幼児期の子どもを持つ保護者の方々は、「いつから文字が読めるようになるのか」「いつから書けるようになるのか」「そのためにどんな練習をすればよいのか」といろいろ考えます。「友だちのA君はもう文字が読めるように(書けるように)なったのに、うちの子はまだできない」と他者と比較してわが子を嘆く親も見られます。
また、我が国の幼児教育の内容をどうすべきかを議論をする審議会の有識者の中にも、幼稚園で早くから「読み・書き・計算」をすればいいと断言する方もいます。子どもの発達や学びの順序性を無視した考えの持ち主が少なからずいることも事実です。

小学校から始まる国語科の学習内容は、「聞く力」「話す力」「読む力」「書く力」の4技能を中心に組まれています。最近では「教科書が読めない学生が多い」ことが指摘され、読解力をどう身につけるかという議論が盛んです。そこにつながる国語力を幼児の段階からどう育てていくかという議論になると、文字の読み書きに焦点が当たり、それができるかできないかが国語力の指標になってしまっています。形になって見えやすいため、そこに注目が集まるのは仕方のないことかもしれません。

教室での子どもの様子を見ると、年中児はすでに絵本を自分で読んでいますし、名前をはじめ単語や短い文章を書くこともできます。年長児になれば、絵日記の文章を自分で書く子もいます。私が最初にかかわった50年ほど前の教室では、文字を読んだり書いたりする授業も行っていましたが、現在では意図的な授業を組まなくても、子どもたちは必要に応じて読み書きを行っています。しかしそれができても、聞く力や話す力がしっかり身についていない子が多くみられます。単に文字を読んだり書いたりするだけでなく、文章を深く読み込んだり、自分の考えを相手に伝えるために文章を書くという行為を考えると、将来の国語力の基礎として大切なのは読み書きではなく、「聞く・話す」力をどれだけ高めておくかということです。日本人だから特別な教育をしなくても自然に日本語は身についていくし、その延長で国語力は身についていくと漠然と考えられているため、昔から意図的な日本語教育がなされてこなかったように思います。どの国でも当然のように行っている母国語教育は、日本の場合どのように行われてきたのでしょうか。日本語の読み書きも系統的に行われているとは言えません。それ以上に「聞く・話す」教育が系統的に行われてこなかったのではないかと思います。その結果、教科書が読めない子どもたちが大勢存在すると指摘されています。

では、幼児期の日本語教育はどうあるべきでしょうか。それは別の視点から考えれば、「幼児期から小学生になるまでの橋渡し期に、どんな経験をさせればよいのか」という問題でもあります。こぐま会では、遠山啓氏が提案された「原教科」の考え方に沿って、国語の基礎を「原言語」と捉え、国語力の基礎は何かを考えて実践を積み上げてきました。聞く力の代表としての「話の内容理解」、話す力の代表としての「お話づくり」、日本語の基礎としての「言葉の理解」の3つをカリキュラムづくりの柱にして、学習内容を考えてきました。

「話の内容理解」では、ある程度の長さのお話を聞かせ、そのあとでいくつかの質問をします。内容は多岐にわたっていますが、中心は「登場人物」「順序」「数」「登場人物と行為の関係づけ」です。この4つの柱でいろいろな質問が工夫されています。将来の読解につながるよう、「生活文」と「物語文」の2つに分けて、聞いて答える練習を繰り返します。また、ふだんの生活の中で自然に行っているご家庭も多いと思いますが、就寝前の読み聞かせなどは話の内容理解の基礎を身につけるのにとても役立ちます。
「お話づくり」は、絵カードを使って行うのが一般的です。4枚程度の絵カードをお話の順に並べ、並んだ絵を見てある程度の長さのお話をつくるというものです。先日こんな絵カードを使ったお話づくりを行いました。

ばらばらに置かれた4枚の絵カードをお話の順にまず並べさせ、正しい並べ方をみんなで確認してからお話をつくってもらいます。大勢の子どもたちの前で率先して手を挙げてお話を発表する子がいる一方で、苦手意識なのか皆の前で話すことを拒否する子も出てきます。しかし手を挙げなかった子でも、こちらから誘導してあげればその続きをお話してくれます。

例えば、上の絵の場合、大体次のようにお話をつくります。
「ウサギさんとクマさんは、2人で山登りをすることにしました。途中でクマさんがつかれてしまったのでウサギさんが押してあげ、やっと頂上に着きました。そこでお弁当を食べ、暗くなる前に家に帰ってきました。」時間の経過を判断してカードを並べ、それに沿ってお話をつくってくれていますが、どちらかというと4枚の絵を説明している感じがします。しかし中には、こんな風にお話をしてくれる子もいます。

 昨日、クマさんとウサギさんは、「あした山登りをしようね」と約束をしました。今日はとても良いお天気でした。ウサギさんはクマさんに、「くまさん、私は後ろからついていくから前を歩いてね。もし、疲れたら私が後ろを押してあげるから・・・」と言い、出発しました。途中でクマさんが疲れてしまったので、ウサギさんはクマさんを押してあげ、やっと頂上に着きました。頂上に着いたら2人で「やまびこ遊び」をしました。お弁当を食べた後、暗くならないうちに家に着くように、山を下りました。途中で見た夕焼けはとてもきれいでした。

4枚の絵を見てこんなお話をつくることができるのは、いったいどんな子でしょう。絵本を読むことやお話をするのが好きなのは間違いないと思いますが、それだけではありません。4枚の絵をそのままつないで話すだけでなく、絵には表現されていない部分もお話のつなぎとして加えています。昨日約束したこと、登る前に起こることを想定した会話をしていること、何より「やまびこ遊び」をしたことを話の中に組み込んでいること・・・単に絵本が好き、話が好きだけでは説明できない、生活経験の豊かさを感じます。 こうした違いがすでに幼児期からあるということを考えると、単に文字を読んだり、書いたりすることができるという技能的なことだけでなく、生活や遊びの中での経験や人との関わりの豊かさが聞く力・話す力を磨き、それが将来の読解力・作文力につながっていくのではないかと思います。その意味で、机に向かい、ワークブックを使って文字の読み書きをトレーニングするだけでなく、生活の中で、聞く・話す経験を豊富に持たせ、それが言葉を媒介とした表現力につながっていくことを大人は見守っていかなければならないと思います。 


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読み・書き・計算はまだ早い!

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