子どもの視点を忘れた受験教育にならないように

第831号　2022年10月7日(金)
こぐま会代表　久野泰可

　情報が未開示のまま、過熱する小学校入試。本来ならば一番神経を使うべき基礎教育でありながら、「合格」のためにはどんな手段でも構わないという考え方が蔓延し、その中で成長の芽を摘み取られていく幼児が多いことに心が痛みます。
日本において幼児教育の内容や方法が確立されているとは言えない現状で、「合格」のためにと2～3年かけて熱心に取り組む小学校入試。しかし、何をどうやればいいのかがわからず、幼児教室頼みとなる受験準備は「合格さえすれば手段を問わない」といった考え方が台頭し始めています。誰よりも早くやることで差をつけ、より難しいことで差をつけ・・・保護者の受験体験に訴えることによって大人の発想で進められる入試対策。しかし忘れてはならないのは、生まれてからまだ5～6年しか経っていない子どもたちの教育であるということです。大人の競争意識に訴えた「厳しさ」を売り物にする教育は、「幼児期の基礎教育の観点」や「教育によって成長を促す視点」の欠落した発想であり、小学校受験の影の部分を拡大するだけです。長く続く学びの始まりの時点で、子どもの成長の視点を忘れた受験教育は、同時に心の成長も阻害します。

教科書がないのに、試験問題は存在する。受験者は情報を必要としているのに、ほとんどの学校が何も公開しない。幼児教室でどんな教育が行われているかを調査することもなく、生徒集めを幼児教室だのみにする学校。入試が不透明な状況下で行われ、それに向けて厳しい環境で訓練を強要される幼児の置かれた現状に心を痛める幼児教育関係者が多いのも事実です。小学校受験をビジネスとして捉え、「合格」がゴールでありそのプロセスは問わないという方法は「教育」ではありません。だからこそ、厳しい訓練が意味を持つことになるのでしょう。しかし忘れてならないのは、暗記主義の教育はすでに過去のものであるということです。答えがいくつもあり、場合によっては答えのないこれからの時代を生き抜く力にはなってはいきません。大学教育が変わるのは、社会が求める人間像が変化したためであり、20年後に社会で活躍できる人材に育てるために基礎となる幼児教育がいかに大事かということは、最近の論文を見れば明らかです。50年前、井深大さんは『幼稚園では遅すぎる』(サンマーク文庫,1971)という本を著し、幼児教育ブームを先導しました。わたしも50年間の教室での実践を通じ、「幼児期の教育が将来の学力を決める」と感じています。その大事な幼児期に、子どもの成長にとって大事なものを捨ててまでも、「合格」さえすれば何でも許されるという考え方を受け入れるわけにはいきません。

過去問を10回繰り返せば合格する・・・その考え方はまるで自動車教習所の筆記試験のようです。受験対策といえども、幼児教育です。生まれて初めて集団で机に向かう経験になるでしょう。先生の言動やお友だちとの取り組みが、いくつになっても「原体験」となって残っていくはずです。日々の学習が「学ぶことって楽しいね」となれば、将来の学習の動機付けになるはずです。しかし、今の厳しい暗記主義の訓練教育では、試験が終わった途端「もう勉強したくない」という結果になってしまい、学習意欲が高まらないまま小学校に入学することになるのです。その結果、私立小学校の低学年の学力が落ちているというのです。
あれだけ時間をかけてペーパートレーニングをしても何にも身についていないということです。それだけではありません。厳しい指導の中で植え付けられた競争心は、人間関係の悪化をもたらすだけです。自分さえよければ・・・という想いを幼い時から植え付けられた子どもたちが、将来どんな人間関係を築けるのでしょうか。「合格」と引き換えに、将来の成長にとって大事なものを失っていくとすれば、何のための受験なのでしょうか。転塾して来られるご家庭からの相談を受けていると、あらためて「間違いだらけ」の受験準備に暗い気持ちになってしまいます。これから受験対策を始める皆さま、子どもの視点を忘れた受験準備にならないよう取り組んでください。

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