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週刊こぐま通信
「室長のコラム」

「「小学0年生」9月入学をめぐって」
- 私が本当に伝えたかったこと -

第721号 2020年5月22日(金)
こぐま会代表  久野 泰可

 全国に出されていた緊急事態宣言が徐々に解除され、教育現場にも子どもたちの元気な声が戻ってきました。首都圏がいつ解除になるか分かりませんが、おそらく学校も6月に再開する流れのようです。休校措置も含めた3カ月間の学習の遅れをどう取り戻すか、どの学校も苦慮しているようですが、いろいろ知恵を絞って新しい取り組みが始まるでしょう。受験生を抱えている私たちにとって最大の関心事は、果たして今年の入試が例年通り行われるのかどうかということです。そこに降って湧いたような「9月入学」の議論。5月18日夕方のニュースで、実施する場合に2案があることが分かりました。それは、
  1. 来年度、2014年4月2日~2015年9月1日生まれの子どもを一斉に9月入学とする第1案
  2. 来年度から入学する子どもの生まれ月の幅を13カ月に変更し、5年かけて完全に移行する第2案
それを受け、20日の朝、あるテレビ局の報道番組の取材を受けました。取材の趣旨は「政府が検討を始めた「9月入学」についての子どもへの影響」でした。1時間ほどの取材を受けた後の帰り際、記者の方に連絡が入り、新しく「小学0年生」案が出たので・・・ということで、それについてのコメントを求められました。十分な情報がないまま、年長と年中の2カ月分をあわせて14カ月を1学年とし、6年かけて9月入学を目指そうという案に対してどう思うかのコメントです。直近の例で言えば、現在の年長児が来年3月に幼稚園を卒業したあと、そこに年中の4月・5月生まれの2カ月を加えた子どもたちを21年4月から8月までの間「小学0年生」として新学期を迎えるというものです。ですから、現在の年中児の中で4月・5月生まれの子は、実質年長児としての生活を送らないまま、年中クラスを卒業したあと4月から小学0年生になり、9月からは小学1年生になるというわけです。この仕組みを記者から説明を受けた時、こんな乱暴な仕組みを一体誰が考えたのだろうと思いました。「9月入学」の実施を前提とした、子どもたちの発達・成長を無視したこうした議論を見ていると、毎度おなじみの教育現場を無視した「教育行政」がまたも行われるのかと感じました。コロナ対策で遅れた学習をどう取り戻したらよいのかという議論が、9月入学と結びついて予想もしなかった移行措置が議論され、年中・年長のお子さまを持つ保護者の方にとっては、この先の議論が心配でならないと思います。また、仮に9月入学が21年9月から実施となると、今年秋に予定されている入試はいつどんな形で行われるのでしょう。6月までに結論を出すということですから、それまでは入試を行う私立小学校関係者もこの議論から目を離せません。もし首都圏の入試が11月に行われず、また年中・年長一体の入学と言うことになれば、私たちも、特に該当する年中児の皆さまの受験対策をどうするかも考えなくてはなりません。 コロナ対策で休校中の学習の遅れに乗じ、懸案だった9月入学を一挙にやってしまおうという思惑は、議論を積み上げてきた結果の方針提示ではないために、余計に乱暴に映ります。「9月入学がいいか悪いか」の議論を一般論として行うのではなく、これから入学を迎えようとする幼児の立場も考え、幼児期と小学生の学びの継続性を考えた議論をしなければなりません。それは学力だけでなく、心の成長も含め、子どもたちが人間として成長していく道筋を大人の都合によって捻じ曲げてはいけないということです。

ところで放送はされませんでしたが、記者の「コロナ禍の後の世界について教育にはどんなことが求められると思いますか」という質問に、2つの観点で私の考え方をお伝えしました。それは、
  1. オンライン学習が盛んに行われていくことになると思うが、果たしてオンライン学習で子どもたちの学力は本当に育っていくのだろうか
  2. 「9月入学」の議論は、幼児期から小学校につながる基礎教育のあり方を考え直す良いチャンスにしなければならない
1. のオンライン授業は私たちも試み、現在も継続中です。コロナ対策の中で子どもたちの学習の継続性を中断させないために取らざるを得ない方法でした。多くの教育機関で試みた方法だと思います。その結果、オンライン授業を受けることができない子どもたちのために、予算をつけて1人1台のPCを与える方針が出されました。環境を整えることは大事ですし、そこで教育格差が出てしまってはいけません。しかし、何の疑いもなくオンライン学習がこれから主流になっていくような雰囲気はあまりよくありません。オンライン学習で、これまでの学習が可能だ・・・などという議論が出て来ると、それは子どもたちの成長にとって決して良いことばかりではありません。もともとオンライン学習は、有名な欧米の大学の講座が無料で受けられるというMOOCs(ムークス)という仕組みで行われるものとして、私たちは知ることになりました。日本ではNTTドコモが主催する「gacco」が一例で、私も4年ほど前に登壇しました。 アメリカなどではオンライン授業が「反転授業」という考え方で使われ、従来学校の教室で行っていた授業を家庭においてオンラインで受け、基礎的な知識を身につけた上で学校に集まり、「ディスカッション」を通して認識を深め、新しい価値を創造していく・・・そうした躍動感に満ちた授業のツールとして使われているのです。今多くの教育機関で行われ、そしてこれから環境整備が伴えばさまざまな学年で行われようとしている「オンライン授業」がそこまで考えられているかというと、私にはそう思えません。オンライン学習をすることが目的ではなく、オンライン学習が何のために行われるのかを議論しないと、教育にとって一番大事な「対面教育」が軽視されていく危険があります。私たちは、常日頃「事物教育」と「対話教育」を重視して幼児期の「考える力」教育を実践してきました。ですから、今回のオンライン授業をどのように行うか相当議論しました。そこで考えたのは、ペーパーを使った一方的な説明授業ではなく、具体物をご家庭にお届けし、それを使いながら一緒に学習する方法でした。当然そばに保護者の方についていただきながらの授業です。しかしこれでも不十分です。なぜか。普段の教室では、予定したカリキュラムを教師の一方的な都合で時間通りに授業を進めるのではなく、子どもたちの取り組みの反応を見て展開し、時には子ども同士が意見を出し合って結論に到達するように、対話教育を重視してきました。それは、子ども同士が学び会う機会をたくさんつくることに力を注いできた結果に他なりません。オンライン授業は一つのツールであり、それが目的になってしまうと、子どもたちの学力差はますます開いていくばかりです。オンライン授業で身につけた知識を活用する場をどのように作るか、それは学年にもよりますが、決して教室でなくてはならないわけではありません。フィールドはたくさん用意できるはずです。そこにこそ、今ではあまり言わなくなりましたが、「アクティブ・ラーニング」のチャンスが生まれるはずです。主体的な学びをどう作り出すか・・・そのひとつの方法としてオンライン授業が活用されれば、新しい教育の形ができる可能性がでてきます。私たちは、それを幼児期の子どもたちにどう提供するか、今いろいろな方法にチャレンジしています。

2. の「9月入学」の議論はもともと大学の始まりを9月にすることで、世界の流れにあわせていこうという議論から始まっています。高校を卒業して大学に進む、出口の議論に終始してきましたが、今回の移行措置の議論で明らかになったように、入口、つまりいつから就学させるのかという議論がなされてこなかったために、教育内容の検討がないまま3つの案が浮上してきています。しかしこの議論で抜けているのは、学びの始まりが小学校1年生であることが前提になっていて、幼児期の学びや社会性の発達が何も議論されていないということです。私はこれまで、海外の幼稚園や保育園を見学して、日本の幼児教育は相当遅れていると感じているひとりです。これは、本当に深刻な課題です。幼児期に知的教育をやることを拒否してきた幼児教育関係者に責任があります。私は20年以上前から、幼児期にきちんとしたカリキュラムを作って知的教育をやるべきだと主張してきましたが、ほとんどの関係者は振り向きもしませんでした。「知的教育は小学校からでいい、幼児期に知育はなじまない」という考えがほとんどでした。最近になって「幼児教育の経済学」を著したジェームズ・ヘックマン氏の「5歳までの教育が人間の一生を左右するかもしれない」という主張に触発されて、多くの幼児教育機関で知的な教育をしなければ・・・という流れになり、さまざまな試みが行われていますが、ほとんどが「読み・書き・計算」をどうするかという実践でしかありません。これを今「小学0年生」でやろうとしているのです。ということは、幼児期は「読み・書き・計算」をしっかりやればよいというメッセージになり、これだけの実践で、子どもたちの考える力が育つはずはありません。私たちがこれまで取り組んできた幼小一貫教育の考え方は、「事物教育」と「対話教育」の実践です。学ぶ内容は、「教科前基礎教育」であり、小学校低学年で行う学習内容を易しくして、薄めて行うものではありません。つまり、幼児期の教育のあり方をしっかり議論し、幼児期から小学生につなげる学びの系統性を作りあげなければ、「9月入学」議論は入口の段階で躓いてしまうのです。私は取材に見えた記者の方に、9月入学議論は幼児期の教育をどうするかという問題を抜きに考えられないということを強く訴えました。

「0学年」構想を前向きに捉えれば、それは幼児期の基礎教育をどうするかということであり、この議論が幼児期の知的教育を考えるきっかけになればよいと思います。また、この「9月入学」議論は、だいぶ以前に一度話題になった、就学年齢の1年引き下げの議論とセットになり、5歳児就学の構想もまた出てくるでしょう。いずれにしても、私たちが実践してきたメソッドを議論の素材に提供できればと思います。「0学年」構想が5カ月間の内容をどうするかではなく、幼児期の教育のあり方全体を考えるきっかけになることを期待しています。

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