ページ内を移動するためのリンクです
MENU
ここから本文です
週刊こぐま通信
「室長のコラム」

幼児教育無償化の韓国ではいま

第598号 2017年10月27日(金)
こぐま会代表  久野 泰可

 10月15日より3日間、久しぶりに韓国を訪問し、ソウル近郊の仁川において、幼稚園の園長先生方を対象としたセミナーを行ってきました。3年ほど前から韓国各地を回り、幼児期の基礎教育のあり方について釜山・蔚山・大田といった韓国南部や中部地方を中心に講演会を重ねてきましたが、今回初めてソウル近郊で行いました。私のコラムをいつも読んでいるという「株式会社韓国久野メソッド」職員からの、「大阪市の幼稚園で行った「秘密袋」の授業をぜひ行ってほしい」という要請を受け、園長先生方に子ども役をお願いして、秘密袋の教材を持ち込んで実際の授業を再現しながら、KUNOメソッドの内容と方法について詳しくお伝えしました。最近のセミナーではこうした方法で行っていますが、きわめて具体的で分かりやすく、セミナーも大変盛り上がります。一方的な講義より分かりやすいのかもしれません。

ところで今回の衆議院選挙で争点になった「幼児教育の無償化」については、韓国では2013年より実施していますが、いまだに問題が多いようです。

  1. 日本と同じように保育園と幼稚園があり、すべての3歳児~5歳児に月額2万円程度の補助が出るが、その財源をめぐって国と地方自治体でもめている
  2. 独自のカリキュラムで運営し、他の園との差別化を図りたい幼稚園も多いが、国家から援助をしてもらっている関係で、午前中は国が定めたカリキュラム「ヌリ課程」を実施せざるを得ない。そのため、午後の時間を使って独自のカリキュラムで教育する方法を模索している
  3. その独自のカリキュラムの中で何をすべきか、園長先生方はいろいろ調べ、世界各国のメソッドを取り込んでいる。その中で、「KUNOメソッド」を使った基礎教育を受けている子どもたちが全国で1万人近くにもなり、さらに拡大傾向にある
  4. 日本と同じように、乳幼児保育と幼児教育の二元体制を維持しつつも、同年齢に対する共通課程(ヌリ課程)を実施し、教育内容として実質的な幼保一元化を図ろうとしている

少子化問題が深刻な課題となっている韓国では、2002年の大統領選挙から乳幼児保育の無償化を選挙公約として取り上げ、保育費支援対象を順次拡大してきました。しかし、15年たった今も、無償化の財源と教育の質をどのように保障するかを模索しているようです。また、幼保一元化問題などを抱えており、今回の日本の選挙公約として取り上げられた「幼児教育の無償化」問題も、そんなに簡単に解決しないことが、韓国の事例を見てもよくわかります。無償化すればすべてが解決するような宣伝にごまかされてはいけません。無償化した後、どんな教育を施すのかという問題をどう解決するか、また、同じ年齢でありながら管轄省庁の違う保育園と幼稚園の教育の質をどう保つのか、問題は山積しています。日本の場合、OECDの勧告に従って、やっと重い腰を上げて実施しようとしているだけで、本当の意味で幼児教育のあり方をどうするのかというところから考えられた「無償化」ではないように思います。教育行政の中で、お金さえ出せば何かばら色の世界が広がるみたいな幻想を持つことは危険です。待機児童問題の解決や、幼児教育の無償化ももちろん大事です。しかし、それだけで終わったのでは、今世界全体が注目している「幼児教育改革」には程遠いと言わざるを得ません。教育の質を深めるためには、無償化と同時に、子どもたちを迎え入れる側がどんな環境を整えるのかが問題です。施設の整備だけでなく、教育改革にとって一番大事な良い人材を集めるためにどうするかという大きな問題があります。働く環境が、教育全体の中で一番冷遇されている現状をどう変えるのか、そこにどれだけお金を投入できるのか、そうした問題も残されています。そうした子どもを受け入れる側の準備が整わない「無償化」で何が解決するのか、疑問を持つのは私だけでしょうか。

今回の選挙で、「税金を上げなくても幼児教育の無償化はできる」と、大阪維新の会代表の松井氏が言う通り、大阪市では、すでに4歳児と5歳児の無償化は実施しています。そのうえで、「保育・幼児教育センター」を設立し、大阪スタンダードとしてのカリキュラムづくりや、新人研修会の充実に力を入れようとしています。吉村市長にお会いした際、盛んに強調されていたのは、「無償化しても問題の解決にはならない、教育の質をどう高めるかが問題だ」ということでした。幼児教育の在り方をしっかり把握したこうした方が、行政の長として幼児教育改革に取り組めば、必ず質の高い教育が実現できるはずだと思います。日本の幼児教育改革が、この無償化をきっかけに始まることを願っていますが、これまでの教育哲学・実践内容では、質の高い幼児教育は無理でしょう。民間の実践例に学ぶ姿勢がない今の教育行政のあり方が変わらない限り、幼児教育に新しい風が吹き込まれることはないと思います。また、現場・大学教授・教育行政のもたれかかりを正さない限り、「改革」は進まないでしょう。

PAGE TOP