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週刊こぐま通信
「室長のコラム」

受験を基礎教育の動機づけに

第448号 2014/8/15(Fri)
こぐま会代表  久野 泰可

 40年以上幼児教育の仕事に携わってきた立場からみると、現在はある種の「幼児教育」ブームの時代であるように感じられます。私が大学を卒業した1972年頃も幼児教育ブームでした。それは、井深大さんの「幼稚園では遅すぎる」(サンマーク出版)という本がきっかけだったと思います。幼児向けのバイオリン教室やピアノ教室、また水泳教室や漢字教室などに通う幼児が増えた時代でした。それ以来、幼児の知的教育で話題になってきたことは、知能指数を高める「英才教育」と小学校受験のための準備教育でした。しかしそれは、ある限られた人たちの「ブーム」であり、一般化されたものではありませんでした。高度成長の中で、子どもを良い環境で育てたいという想いが小学校受験への流れを加速し、それまで知能検査的なパターン学習で対応できた入試の内容が大きく変化しました。大量にペーパーを使った時代、また、その反動としてのペーパーをなくした時代、そして行動観察を重視してきた時代、いろいろ変遷してきた小学校受験ですが、2008年以降の受験者の急激な減少で、今曲がり角に来ているように思います。また、意図的な幼児教育の多くが「お受験」につながっていた時代から、いま大きな変化が起きようとしています。幼児教育がブームになりかけている理由は、幼稚園受験や小学校受験のためにということよりも、「将来の学習活動の基礎をどう育てるか」「教育の始まりとしての大事な幼児期に何をどう経験されればよいのか」といった受け止め方が広がっているからです。こうした状況は、いろいろな観点から幼児期の教育が注目されている結果、生まれてきているものだと思います。

1. 働く女性が増え、ただ預かるだけの保育園・幼稚園ではなく、きちんとした教育をやってほしいという要望が強い
2. 待機児童の解消を目指す自治体の中で、幼小一貫教育の中味を検討しようとする動きが出ている
3. OECD保育白書に刺激されて、国家全体として幼児教育に取り組む姿勢が強くなってきた
4. その結果として、5歳児教育の無償化を打ち出し始めている
5. 脳科学の発達で、幼児期の教育の大切さが広く伝わっている
6. 通信教育の中味に対し、こんな中味で良いのかという疑問を持つ保護者が増えてきた
7. 「英語教育をいつから始めるべきか」の議論に触発されて、幼児期の教育を考える人たちが増えている
8. ペーパーによる教え込みの受験教育に対し、受け入れる学校側から警告が発せられ始めている。また、幼児教室に通う保護者の中にも、今学習している内容が入学後の学習とどのようにつながっていくのか疑問に思っている人たちが増えている

こうしたいろいろな状況が組み合わさって、全体として幼児教育の重要性が認識されているのにもかかわらず、何をどう教育の課題にして良いかわからない・・・というのが偽りのない現実だと思います。そうした状況の中で、「読み・書き・計算」以外に一体何が必要なのか・・・という議論になってきているのです。

毎年開かれる「東京おもちゃショー」に行くと、びっくりするほど工夫されたおもちゃ・幼児教材・タブレット等、本当にたくさんの物が新商品として展示されています。ひとつひとつのおもちゃや知育玩具は、工夫されて楽しいものがいっぱいあるのに、全体として構造化されたメソッドが確立されていないため、「何のために・・・」という部分が伝わりにくくなっているのです。やはり、全体として幼児期における基礎教育の目標が明確になっていないという印象を強く持ちます。受験向けの準備教育は、「入試に出たから・・・」が、すべてのようです。しかし、何のためにそうした問題が出されているのかの分析もないまま過去問トレーニングに走るため、基礎も応用も関係なしに、ただ1枚でも多くのペーパーをこなすことが自己目的化され、「特別な教育」に仕立て上げられてしまっています。こんな教育で身についたものは、受験が終われば全て忘れてしまい、将来の学習にとって必要な「思考力」を育てることにはなりません。そんな教育に莫大な時間とお金をかけているのが、今の受験教育の実態です。こんな教え込みの教育をしていたら、「合格」と引き換えに大事なものをたくさん失う結果につながってしまいます。これから長く続く学習の最初の一歩で、間違った教育法で子どもを学習嫌いにしてはなりません。

幸い、今の受験で問われている内容は、将来の学習にとって必要なものばかりです。受験がまだ一般化される前に出されていた「知能検査」の問題ではなく、数にしても図形にしても言語にしても、将来の教科学習の基礎を問う良い問題ばかりです。決して教え込みの教育で解決する問題ではなく、試行錯誤し自ら考え、答えに到達させるような教育が必要です。その意味で、まともな内容と方法で行われる幼児教育で、受験にも十分対応できるのです。決して難問・奇問を出しているのではなく、学校側も本物の考える力が身についているかをみようと、問題作りに工夫を凝らしています。私たちが基礎教育の中味として考えている内容を、合計3,000枚の「ひとりでとっくんシリーズ」として具体化してきましたが、その範疇で全ての入試問題が考えられ、出題されている現状を見れば、私たちが実践してきた「教科前基礎教育」の考え方が、受験を含めた幼児教育の課題を解決する方法であることは明らかです。

大切な幼児期の最初の学習が、過酷な状況におかれる受験のためであることを考えると、このやり方を間違えれば将来に大きな問題を残すことにつながります。心の発達にも悪影響を及ぼすような受験教育であってはなりません。自らの意志ではなく親の意志で行われる受験であるからこそ、子どもの視点を忘れてはなりません。まともな教育で受験は乗り越えられます。どうか、「特別な教育」と考えないで、本物の幼児教育として取り組んでください。受験は、幼児期における基礎教育の最大の動機づけになるはずです。

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