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週刊こぐま通信
「室長のコラム」

教科前基礎教育という考え方

第152号 2008/06/06(Fri)
こぐま会代表  久野 泰可

 私が大学を卒業した1972年に、数学者である遠山啓氏は、八王子の養護学校で数年間にわたって行った算数の教育実践を「歩き始めの算数」という一冊の本にまとめ、国土社から出版しました。その中で遠山氏は、養護学校で実践した数教育を、幼稚園や保育園に通う子どもたちに、同じような考え方で行うべきだと主張し、「教科前基礎教育」の実践を訴えました。数学者である遠山氏は、算数の基礎となる内容を「原数学」と呼び、同じように「原国語」「原音楽」「原絵画」・・・・というものがあるのではないかと考えました。「自分は数学のことしかわからないけど、きっとあるはずだ」と考え、それを幼児教育として実践すべきだと主張していたのです。

幼児教室のスタッフとして、大学卒業後すぐに飛び込んだ実践の現場で、毎日通ってくる子どもたちにどんな教育をすべきか悩んでいた私に、この遠山氏の提言は、大変参考になりました。ピアジェやモンテッソーリなどを理論的背景に持ちながら、独自の水道方式という教授法やそれを実現する「タイル」を考案した遠山氏の具体的な提言は、実践者としての私にはどんな理論書よりもわかりやすく、信頼のおけるものでした。遠山氏も「算数のおもちゃ箱」を世に問い、私たちも遠山氏が、幼児教育に対しいろいろ発言していくだろうと期待していましたが、他界されてしまいました。それ以来、彼の書物をたくさん読み、いかに実践的に肉付けしたら良いのかを考えてきました。私の36年間の実践は、まさに彼が提言した「教科前基礎教育」の内容を、実践を通して検証し、一つ一つ具体なカリキュラムとして作り上げてきた活動だったといっても過言ではありません。その活動は今も続いています。こぐま会の教育理念に「教科前基礎教育」をうたっているのは、それが一番実践的であるし、理論的であると考えているからです。

その内容は、先取り教育ではありません。教科学習を支える土台を作るために、生活や遊びの中に題材を見つけ、基本となるものの見方・考え方を身につけるものです。例えば、私たちもかけ算やわり算の基礎を指導していますが、それは小学校2年生や3年生で学習しているかけ算やわり算の計算を教えることではありません。かけ算やわり算の考え方の基礎になる「一対多対応」を教室での活動で体験させ、その考え方をしっかり身につけ、将来の学習に備えるのです。決して、早く計算が出来るためのトレーニングを積むわけではありません。考え方も身につけないで、計算だけが早くできることを目指す教育とは全く違います。

最近幼稚園や保育園で意図的な「数の教育」も実践されているようですが、そのほとんどが、小学入学後に学習する、たし算・ひき算やかけ算・わり算の計算を早いうちから行おうという考え方の「先取り教育」です。いずれは追いつかれてしまう時間的な速さだけを目標にした形だけの教育は、遠山氏の「教科前基礎教育」とは、まったく異質なものです。私たちはそんなものを、基礎教育とは考えていません。計算トレーニングに終始する今の算数教育では、論理的思考力が育たないことは明らかなのに、それを幼児期から導入しようとする考え方は、間違っています。

こうした間違った教育をしないために、何よりも幼児教育の現場にいる教師たちは、もっと勉強すべきです。少なくとも園を卒業し小学生になっていく子どもたちが、入学後どんな学習をし、どこで壁にぶつかっていくのか。すべての教科とは言いませんが、少なくとも算数だけでも1年から6年までの学習内容を把握しておくべきです。卒業は終着点ではなく、子どもたちにとって学びの出発点だからです。「小学校入学時点では、すべての子どもは同じスタートラインに立っている。だから、園では知育は必要ないんだという幻想は、もう捨てるべきです。現実をもっと冷静に見つめ、正しい知育を行うべきです。幼小一貫教育が重要だと20年以上も前から主張してきた私の考えが、必ず実を結ぶ時が来ることを確信し、その時のために、遠山氏が提言された、「教科前基礎教育」の充実に体力の許す限り挑戦していこうと考えています。

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