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週刊こぐま通信
「室長のコラム」

非認知能力は学びの中で育てなければ意味がない

第557号 2016年12月2日(金)
こぐま会代表  久野 泰可

 ジェームズ・ヘックマン氏が「幼児教育の経済学」という著書の中で、非認知能力の大事さを訴えて以降、さまざまなところでこの「非認知能力」の大切さが言われています。そうしたことも含めて、従来の知識偏重型の大学入試は今後大きく変わる可能性があります。また最近では、在学中に弁護士等の資格を取っても、非認知能力が備わっていなければ社会に出ても活躍できないと言われ、実際企業でも、資格を持っているから・・・ということだけでは採用してもらえなくなっているようです。高い学力をいかに活用するか・・・そのためには、非認知能力が必要であるというわけです。この場合の非認知能力とはなんでしょう。コミュニケーション能力、みんなで協力し合って一つのものを完成する力、目標を持って最後まであきらめず頑張り抜く力・・・などでしょうか。

こんなにも非認知能力が大事だといわれると、認知能力の対極にあるものとイメージされやすいのですが、それでは「勉強ばっかりやらないでほかのことにも力を入れて」というように、学習と切り離されたところで語られてしまう可能性があります。また、極端なことを言うと、非認知能力の方が大事だといって学習がおろそかになる懸念さえあります。そうした相反した二極論で考えると、非認知能力が間違ったイメージでとらえられてしまう危険があります。

私たちが毎日、教室での子どもたちの学習態度を見ていると、「この子は将来きっと伸びる」「この子は伸び悩むかもしれない」と感じる瞬間があります。それは、現在の学力がどうかというより、これからどのように成長していくのかどうかという判断です。同じ課題を学習していながら、どうしてこんなに取り組みの仕方が違うのかと思う時があります。その違いが一体何に起因しているのか、その理由を考えてみると、たんに物事が理解できているかいないかの違いではないように思います。物事への興味関心、実際に物事に触れ自分でやってみたいと思う気持ち、ひとの話を最後まで聞こうとする姿勢、最後まであきらめないで頑張ろうとする粘り強さ、解決した時の表情とそれを言葉で伝えようとする姿勢・・・一つの課題に取り組んだ時、子どもが示すさまざまな姿勢にその子の非認知能力が凝縮していると言ったら言い過ぎでしょうか。つまり幼児の場合、認知能力か非認知能力かを区別し、一方は「学習」、一方は「活動」というように、全く別物として考え分けてしまうと大事なものを見失う危険性があるし、非認知能力の理解が薄っぺらなものに終わってしまいます。認知能力を育てる過程で非認知能力も育てるという発想が必要であるし、特に幼児の場合、学習態度の育成は考える力の獲得と同じくらい大事な課題だと思います。

では、実際の授業で何をどのようにすれば、それが可能になるのでしょうか。それには、教育方法が大きく影響してくると思います。
  1. 一方的な知識の詰め込みは行わない
  2. 成長段階に合わせて、学習内容を適切に定める
  3. 学ぶことの楽しさを伝えるために、事物教育を徹底する
  4. 集団活動を取り入れながら、良い意味での競争心を育てる
  5. 考えたことや感じたことを言葉で表現する機会をたくさん与える
何よりも学ぶ意欲をどう育てるか、最後までやりぬく姿勢をどう育てるか・・・そのためには教師と子ども、または子ども同士の人間関係をどのように授業に生かすかが大事です。子どもの主体的なかかわりを育てるためには、学習が楽しいものでなくてはなりません。ペーパーだけで済ませてしまうような発想では、子どもの興味・関心を引き出すことはできません。非認知能力の大事さを認識しながらも、何をどう経験させれば育てることができるのか・・・今はまだその方策も明確になっているわけではありません。ましてや親ではなく、教室や学校で、教育としてそれを実現するには、認知能力と非認知能力を別個なものとしてとらえてはいけません。あえて学習の場で、非認知能力を育てるべきだといったのは、あいまいな議論にならないために、その場で実現するという発想を持たなければならないと思っているからです。今、「行動観察」という新しい発想の授業に取り組んでいます。子どもの主体性をどう育てるかが一番の目標です。集団でいろいろな課題を解決していく経験を積み上げ、一方で解決していくプロセスを観察しながら、子どもの「今」を保護者に伝えることに力を注いでいます。そのうえで、家庭での課題を明らかにしていく授業です。決して型を教え込んでいくのではなく、子どもの力を信じ、自立した活動を促しながら、自主的な判断ができるように経験を積み上げていく授業です。

非認知能力をどう育てるかは、これからの課題として実践を積み上げていかなければなりませんが、教え込んで身につくものでないことだけは、はっきりしています。

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