ページ内を移動するためのリンクです
MENU
ここから本文です
週刊こぐま通信
「室長のコラム」

ペーパーのみの学習では思考力は育たない

第231号 2010/2/5(Fri)
こぐま会代表  久野 泰可

 昨年秋に行われた、2010年度入試において、次のような問題が出されました。

「飛び石移動」
 カエルとウサギとカンガルーが飛び石を跳んでいきます。3匹は一緒に跳びますが、カエルは1つとばし、ウサギは2つとばし、カンガルーは3つとばしで進みます。


問1 :3匹がそれぞれ2回ずつ跳んだとき、カエルとカンガルーの間に飛び石はいくつありますか。リンゴのお部屋にをかいてください。
問2 :真ん中の飛び石の絵を見てください。カンガルーがゴールに着いたとき、カエルとウサギはどこにいますか。カエルのいる場所に、ウサギのいる場所に×をつけてください。
問3 :カンガルーはゴールまで行ったら、今度は折り返して戻ってきます。カンガルーとカエルが一緒に跳び始めると、戻ってきたカンガルーがカエルに会うのは、はじめから数えると、何回跳んだときですか。その数だけブドウのお部屋にをかいてください。

この小学校では、このような「飛び石移動」に関する問題は過去にも何回か出されていましたが、今回の問題が一番工夫された難しい問題です。この問題を見ると、小学校高学年で学習する「旅人算」を思い出す方が多いのではないかと思います。旅人算には、向かい合って進む場合と同じ方向に進む場合の2つがありますが、その基本を踏まえながらいろいろな問題が出されています。例えば、

A)同じ方向に向かって同時にスタートした時、速度の違う二者がある時間が経過した時点で、どれだけ差がつくか
B)同じ方向に向かって進む場合、先にスタートした者を速度の速い者が追いかけるとき、どれくらいの時間で追いつくか
C)向かい合ってスタートした時、何分後(何時間後)に、どこで出会うか
D)同じ方向に向かってスタートして、先に到着した者が折り返してくるとき、どこで二者が出会うか

など、いろいろな問題があります。今回の問題においては、問1・問2はAのタイプ、問3はDのタイプということになります。しかし、幼児には速度に関する計算はできません。そこで、旅人算で課題となる速度を1回で飛ぶ飛び石の数に置き換え、作業によって解いていく問題として工夫されています。計算で答えを出すわけではありませんから、それぞれの動物の1回の飛び方を変えることによって、速さの違いを演出し、旅人算で求められる考え方を幼児にもわかりやすいように問いかけている問題です。

例えば問2の問題では、まずカンガルーがゴールに着くまでに何回飛ぶかを考え、その回数だけ、カエルとウサギに当てはめて答えを導き出さなくてはなりません。また、問3の問題では、カンガルーがゴールまで着いた時、カエルはどこまで来ているか、その差はどれくらいあるのかを考え、出会うところを探さなくてはなりません。求められている答えを導き出すために、一度答えを出し、出した答えに基づいて次の作業を行うという「複合問題」の解き方がこの問題でも求められています。では、こうした問題をどのような学習によって解決していけば良いのでしょうか。ペーパーだけのトレーニングではこの問題で求められているような思考力は決して身につかないでしょう。そこで、具体物を使って試行錯誤させます。

  1. まず、飛び方の違いをおはじきや碁石を使って実際に動かして考えてみる。その際、1つ飛ばしや2つ飛ばしの意味を理解させる
  2. 1つの駒の動き方を練習した後、違う飛び方をする他の駒の動き方も練習する
  3. 飛び方の違う2つの駒が同じ回数だけ飛んだ時、どれだけ差がつくかを実際に動かし観察させる。同時に2つの駒を動かすことはできないので、1回ずつ交互に動かす練習をする
  4. 飛び方の違う2つの駒が向かい合って進んだ時、どこで出会うか実際に駒を動かして調べてみる

こうした駒の動かし方の基本をしっかり身につけてから、問題の意図に沿ってどのように解決していけるのかを考えなくてはなりません。その意味で、答えを導き出すための手だてを自分で発見することがこの問題のポイントになります。

小学校高学年で学ぶ課題が幼児に課せられる背景には、「教材の質を高めれば、どんな教科も知的性格をそのまま保って、どんな段階の子どもにも教えられる(大学の教室で学ぶことを幼児にも教えることができる)」という、ブルーナーの螺旋型カリキュラムの考え方があるはずです。難しいとされる問題は、考える力が要求される問題ですが、その多くが小学校高学年以降に学ぶ応用問題にその根拠があるように思います。こうした考える力は、ペーパーのみの学習によっては絶対に身につきません。物事に働きかけ、試行錯誤する中でものの本質や関係性を学び、その経験がペーパーで問われた時に活かされてくるのです。30年前の入試問題ではありえなかったこうした考える力が求められる問題は、今後もいろいろ形を変えて出されていくはずです。その意味では、入試問題を作成する小学校の先生方方のほうが、機械的な訓練に終始する受験指導者たちよりも先を見据えた問題づくりを工夫していることがわかります。同じペーパーを5巡・6巡と何度も繰り返し練習すれば理解できるという考え方は間違っています。機械的な教え込みでは、ある期間を過ぎれば全部忘れてしまって何も残らない、という結果になるだけです。ペーパー学習も大事ですが、ペーパーだけのトレーニングでは考える力は身につかないことをしっかり受け止めておくべきです。

PAGE TOP