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週刊こぐま通信
「知育を軽視する日本の幼児教育が危ない」

幼児教育のIT活用で子どもは賢くなるのか

第30号 2014/12/3(Wed)
こぐま会代表  久野 泰可
 2~3年ほど前から、幼児向けタブレットの開発が急速に進み、知育アプリの開発も一種のブームのようです。教育現場のIT活用に関しては、先進国であるアメリカでは、「反転授業」のように、従来の教育システムを変換した試みがすべての世代の教育で試みられています。そうした流れを受けて、日本でも「反転授業」が実際に試みられたり、日本独自の知育アプリの開発も進んでいます。また一方で、健康上の理由から、タブレットやスマートフォンを小さいうちから教育に使うべきではないという反対の意見も聞かれます。しかし、ITを生活すべての領域で利用していく流れを止めることはできず、教育の世界もその例外ではありません。しかし、発達の未成熟な幼児に対し、教育におけるIT活用はどのような意味を持つのでしょうか。幼児教育への活用に関しては、さまざまな視点で議論され、子どもたちに接する私たちもその必要性を感じていますが、問題点も多いようです。

(1) 将来必ずIT機器を使うようになるであろうから、幼いうちからタブレット操作等を通じて楽しくIT機器に関わり、その操作に慣れておくことは生活力として大事である
(2) ITを活用したアプリケーションの開発により、その場に行かなくてもバーチャルな経験によって知識を伝達できる
(3) 特に、教科書と違って動画を配信でき、また、子どもの操作にコンピューターが反応するといったように、子どもが集中できる学習環境をつくることができる
(4) 自分たちの経験を映像で再現したりすることができ、学びの内容を子どもたちの生活や遊びに可能な限り近づけることができる。また、未知の世界や大人社会とのつながりが、学習の動機づけにとっては魅力的である
(5) リアルで経験した思考法を反復練習するためにIT活用には意味がある。特に記憶のトレーニングには他にはない優秀性を備えている
(6) 教育環境が整わない地域においても、WEB配信することによって、質の高い教育をすべての子どもたちが受けるチャンスが生まれる
(7) 教育現場でのIT活用によって、「教科書とノート」で行っていたそれまでの教育とは違った視点が導入でき、教育活動の変革が可能になるかもしれない

以上のような観点で整理してみた時、現在盛んに行われているのは、(1)、(2)、(3)のような内容がほとんどです。特に、「IT機器の操作に慣れるために・・・」が前面に出ているケースが多いようです。しかし、教育現場でのIT活用は、IT機器を使えることを目的にすべきではなく、IT活用によって、教育活動の在り方にどのような変革が可能かどうかを考えなくてはなりません。しかし、その点については、残念ながら新しい内容が生み出されているわけではありません。教育現場でのIT活用が自己目的化し、機能の優秀性と便利さだけが前面に出て、肝心の「一体どんな能力を育成するのか」といった視点が欠落しています。

タブレットにしても、スマートフォンにしても、ハード面の便利さだけが一人歩きする危険性を多分に持っています。つまり、ITを活用したアプリケーションの開発や、WEBベースでの学習システムの開発によって新しい教育内容や教育方法がどう生み出せるかという点の議論がありません。子どもにとって楽しい内容であっても、それが一過性のものでは困ります。その内容が何のために必要なのかをきちんとしないまま、楽しさ・便利さだけが前面に出てくるのでは、「何のためのIT利用か」ということにならざるを得ません。現在のばらばらな中味、一貫性のない内容は、結局「幼児教育の目的」が何であるのかの議論が素通りされているからです。もっと言えば、制作する側に教育プログラムがないのです。幼児期にすべき教育の中味が議論されないまま、楽しさだけで知育アプリが作られていくとしたら、きわめて危険な兆候といえます。

教育は、基本的には人と人とのかかわりの中で営まれるべきことです。その前提の上で教育のIT活用が進んでいくならば、教育の革新にとって大変な武器になるはずですが、どうもそうした方向になっていないのが現状のようです。子どもの認識能力は、ものごとに働きかけ、試行錯誤することによって育つものです。指さき一本の操作は、ものごとへの働きかけにはなり得ません。幼児教育の世界でモンテッソーリ教育が評価されていることの一つに、体系だった感覚教具の存在を無視できません。五感を通してものごとの存在を認識していく幼児期に、IT活用による教育活動が意味を持つとしたら、リアルの場面をどう保障するかです。「リアル」と「IT」をどのように組み合わせるか、そのポイントは、「何を教育課題とするか」ということです。

人間の思考力の基礎をつくり上げる大事な幼児期に、IT教育が前面に出てはいけません。人と人とが顔を突き合わせるリアルな場面を保障し、系統だった教育プログラムのもとでIT活用が進まなければ、子どもの思考力の育成に大きなリスクを背負うことになってしまいます。

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