週刊こぐま通信
「室長のコラム」「こどもみらい会議」での講演会
第660号 2019年2月8日(金)
こぐま会代表 久野 泰可
こぐま会代表 久野 泰可
集英社の職員で組織している「こどもみらい会議」の研修会に招かれ、『子どもの「読解力」向上は「聞く力」を伸ばすことから ~幼児期から就学時期にかけての「読み聞かせ」の重要性~』というテーマで、1時間ほどお話しさせていただきました。考える力を伸ばす幼児教育のカリキュラムを20年間かけてつくり上げてきましたが、「論理的思考力」を育てるということをテーマにすると、どうしても「数学的な思考」を軸に考えるため、われわれの指導領域で言えば、「未測量」「位置表象」「数」「図形」のカリキュラムづくりにどうしても時間をかけざるを得ませんでした。将来の国語につながる部分を深めていく必要があるということは以前より感じていましたが、遠山啓氏の提唱した「原言語」の内容を充実させなくてはならないと、5年ほど前から実践的な試みをしてきました。最近特に「言語」領域を再構築しなければならないと考えたのは、ロボットが東大の入試に合格できるかどうかを検証した新井紀子氏の著書『AI vs. 教科書が読めない子どもたち』(東洋経済新報社)の中で、中学卒業時に約3割の生徒が教科書に書いてある内容を理解していないという事実が示されたことでした。人間の方がロボットよりも「読解力」が優秀であるはずなのに、中高生の段階で3割の子どもたちが読めていないという事実が示されたことは、これからのAI時代を生き抜く子どもたちの将来にとって実に由々しき事態だということです。それならば、幼児期の課題として何をすればよいのか。ひょっとしたら「読む力」の前に「聞く力」そのものが劣っているのではないか。絵本の読み聞かせなどに有効な手立てがないだろうか。コミュニケーション能力はどう育てたらよいのか・・・など「原言語」の内容を考えるきっかけがたくさん与えられたように思います。また、フランスの幼稚園で行われた「哲学の授業」を2年間記録したドキュメンタリー映画『小さな哲学者たち』(2010年)を見てからも、集団で話し合うことの重要性を感じ、何か実践のヒントがあるのではないかとDVDを繰り返し見ました。また一方で「言語技術教育」の考え方にも触れ、言語を技術と捕らえる欧米諸国の母語教育(ランゲージアーツ)の実践からも学ぶべきことがあるのではないかと考えています。
理論書を読んだら必ず現場で実践し、自分なりに納得しないとカリキュラムに落としこめないため、ともかく新しいことについてはまず現場で実践し、その効果を確信してから年間のカリキュラムの中に取り込んでいくつもりです。そうした事情もあって、今回与えられた演題について私なりにまとめてみました。数理領域に比べると実践内容が少ない言語領域の課題ですが、これまで培ってきた教育方法を駆使して「読解力向上」のために何をなすべきかを提案させていただきました。
私が幼児期の言語領域の内容を考える際にどうしても受け止めておかなければならない現実的な課題を、上で述べたことも含めてもう一度まとめてみます。
- 新井紀子氏が指摘した「読解力が身についていない」大勢の子どもたちの存在をどうとらえるか。またその解決のために、幼児期に何をなすべきか
- フランスで行った年長児の哲学の授業『小さな哲学者たち』の内容から何を学ぶか
- 遠山啓氏が提唱した「原言語」の内容をどう構築するか
- 三森ゆりか氏が実践している「言語技術教育」の考え方を幼児期の教育にどう生かすか
- 脳科学者が警告している「絵本の読み聞かせ」をやめてしまう現状をどう改善するか
- 「話す」「聞く」よりも「読む」「書く」を重視している早期教育の弊害をどう糺していくか
こうした自らに課した課題も絡ませながら、こどもみらい会議の研修に参加された皆さまには次のような内容でお話しさせていただきました。
- 【集英社こどもみらい会議】
こどもの「読解力」向上は「聴く力」を育てるところから
~幼児期から就学時期にかけての、「読み聞かせ」の重要性~ -
- 自己紹介
- KUNOメソッドの教育理念
- 教科前基礎教育
- 事物教育
- 対話教育
- 幼児期における言語領域の課題
- 遠山啓氏の提唱した「原言語」とは
- 教科書が読めない子どもたち
- 国語学習4つの柱「聞く力・話す力・読む力・書く力」
- 音読の重要性
- 言語によって論理を育てる
- 生活語から概念語への橋渡し
- 自分で表現させることの意味・・・しゃべらない日本人
- 考えのプロセスを言葉で説明させることの重要性
- 対話教育がなぜ必要か - 話し合うことで考えを深める
- 「話す」・・・自分の意見を言う
- 「聞く」・・・相手の言うことを聞く
- 「話し合う」・・・聞いて話す
- 読解力向上のために
- 読解力は文字が読めたからできるものではない。言葉に対する敏感さを育てる
- 読解形式の問題集をいくらたくさんやっても、読む力は育たない
- 1冊の本をどれだけ深く読みこなすか
- 読み聞かせの重要性
質疑応答も含め、1時間半に及ぶ社内研修には子育て中の社員の皆さまも大勢参加されていたようです。子ども向けの読み物もたくさん出版している企業が、子どもたちを取り巻く現状をさまざまな角度から学び、それを出版の仕事に生かしていくという姿勢に敬意を払うとともに、われわれのように子どもたちのいる現場で働く人間も、今を生きる子どもたちの現状をさまざまな角度から発信していくことの大切さを感じました。